特集 反転授業によるアクティブラーニングの有効性と普及への課題

LMSを用いた反転授業導入の成果検証

鈴木 克彦(東京理科大学 理学部第1部物理学科・教授)

1.はじめに

 物理学はいわゆる積み上げ式の科目で段階的に理解を定着させることが重要ですが、大人数の授業では学生個々の理解度の差に対応するのは困難です。小テストなどをこまめに課すことで、学生の自学を期待することも可能ですが、授業内容が高度化するとこの方法は必ずしも機能せず、消化不良事項が積み重なる悪循環に陥ります。これらの問題の克服を目的に2013年から反転授業を導入してきました。本稿では学習方法の紹介と、データによる成果の検証を報告します。

2.授業の方法と工夫

 理学部物理学科の選択必修科目である「量子力学3A(3年、履修者70人程度、難度高)」では全面的に、「物理数学2(2年、履修者100名以上、難度中)」では部分的に反転授業を導入しました。
 反転授業を始めるに際し、第1回目のガイダンスで「なぜこの方法で行うのか?」をしっかり理解してもらうことに努めます。その上で、各授業回においては以下の流れで進めます。

① 事前動画学習(20分程度を二つ)

 対面授業前までに学生はLMS(moodle)で動画を視聴し内容をノートにまとめます。ノートは電子化してLMS上での提出が義務付けられます。
  引き続いて対面授業を行います。

② 個人チェックテスト 5分

 授業冒頭で、LMSを用いて動画内容についての確認テストを5分間で行います。解答時には、学生はノートを参照することが可能です。

③ チェックテストの確認・講評 5〜10分

 LMSで自動採点された結果から学生の理解度を把握して、重要事項を確認します。

④ 対面での演習課題 20分×3セット程度

 学生はグループに分かれて演習問題を解答します。解答中は学生同士の議論や教員への質問が推奨され、学生個々の理解度に可能な限り対応できるようにします。異なる問題を担当して、互いに教えあう課題も含まれています。終了後に教員が手短に全体解説を行います。
 この授業において工夫をしている点は

3.学生の満足度と負担感

 反転授業の導入によって「出席率が向上した」「履修を途中で放棄する率が減った」などをよく耳にしますが、以下ではその教育効果を、コロナ禍に入る前の学生アンケートデータ(2016〜2018年度、回答率は受講者の9割程度)を用い、いくつかのポイントから検証します。表1は学生の主観的な理解度について、通常の授業形式と反転授業(Aは量子力学3A、Bは物理数学2)を比べたもので、反転形式の方が有意に高いと言えます。特に高難度の授業Aの方が反転授業による恩恵は高いと考えられるようです。一方、反転授業(事前学習と対面での演習)と通常授業(対面講義と授業後のレポート課題)の負担感についての回答結果は表2になります。事前学習は負担のように感じますが、学生は好きな時間に講義を受けられ、板書を急がされることもないため、動画の量が適切であれば大きな負担を感じていないことが分かります。

表1 授業内容の理解度が高いと感じるのはどちらの授業方法ですか〔数字は%、数年の平均値〕
表2 「どちらの授業方法の負担がより少ないと感じますか」に対する回答[%、2年間平均]

4.評価テスト結果から

 学生は毎年異なるため、成績評価への影響を客観的に議論するのは難しいですが、ここではテストの得点分布から傾向を探ります。図1は授業Bのある分野の試験の得点分布を示しています。テスト内容は毎年ほぼ同一の網羅的な試験(80分間)です。授業Bで2015〜2018年度の期間に授業法を何度か入れ替えたところ、通常授業の年度においては分布に複数のピークが見られ学生間の理解度の差が生じるのに対し、反転授業ではそれが解消していることがわかります。同様な比較を他の年度で行っても同じ傾向が見られます。

図1 授業Bの年度別の試験得点人数分布(10点刻み)
左側が満点、右へいくほど低い得点。

 また、テストの得点分布とアンケート回答を関係づけると興味深い傾向が分かります。「講義動画を繰り返し見られるのはよかった?」という設問に対して「はい」と回答したのは、成績上位層(全体1/3以上)で63%、下位層(1/3以下)で67%、と大きな差はありません。一方、「対面で集中して演習してよかった?」の設問に対して、「はい」と回答したのは上位層で57%であるのに対し、下位層では80%と高率でした。普段から自学の習慣がない下位層の学生にとっては、演習中心の対面授業は有意義であると考えられます。

5.家庭学習時間の比較

 反転授業における家庭学習時間と、講義授業でレポート課題を課した場合の学習時間を比較したものが図2になります。事前学習動画の長さは40分程度ですが、データからその何倍かの家庭学習をしていることがわかります。学生のコメントによると、『まとめる際にいろいろと自分でも調べるため、時間はかかるが理解が深まる』ということです。一方、通常の授業では、反転の演習と同程度の課題をレポートとして課していますが、実際の学習時間には著しい差が見られます。

図2 家庭での学習時間[%]。(授業A)

6.まとめ

 反転授業への評価は概ね良好で、特に授業Aにおいては履修を放棄する学生、不合格となる学生は激減しました。この授業方法の主旨を理解してくれた学生の多くからは「楽しい」という感想をもらっており、主体的な深い学びにつながっています。一方で、動機付けがあいまいですと、何となく毎週の課題をこなす形になります。また、多くの授業でこの形式が採用されると、家庭学習の負荷が増えすぎる問題点も生じます。
 対面授業の方法については、未だにベストな方法が見つけられていません。特に、コロナ禍のオンライン授業では、学生間で数式・図の情報交換をする環境が整わないため非常に難しくなります。
 難しく考えるときりがないですが、この授業法の最大の利点は、教員が講義から解放されて学生と同じ目線で議論できる点、学生同士が話し合うことで主体的に学びを深めていく点と思います。本稿が学生、教員がともに楽しんで参加できる授業作りの一助になれば幸いです。


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