数理・データサイエンス・AI教育の紹介

山陽小野田市立山口東京理科大学の
データサイエンス教育

永田 寅臣(山陽小野田市立山口東京理科大学 副学長・工学部長)

武田  健(山陽小野田市立山口東京理科大学 副学長・薬学部長)

1.はじめに

 本学は、工学部と薬学部を設置する全国で唯一の公立大学です。本学では、この特色を活かし、薬工連携による教育、地方自治体との連携による課題解決型文理融合教育による「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」を編成しました。本稿では、本学の教育プログラムの概要と今後の展望を紹介いたします。

2.データサイエンス教育プログラムの概要

 本学では、在籍する学部・学科に関わらず、数理・データサイエンス・AIに関する科目を履修することを可能とした学部横断型プログラムとして、「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」により、数理・データサイエンス・AIを日常の生活、仕事等の場で使いこなすことができる基礎的素養を身につける教育に取り組んでいます。
 本教育プログラムは、文部科学省の数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度リテラシーレベルとして認定され、同認定制度のリテラシーレベル・プラスに選定していただきました。
 本教育プログラムの学習・教育目標は、数理・データサイエンス・AIを日常の生活、仕事等の場で使いこなすことができる基礎的素養を身につけ、学修した数理・データサイエンス・AIに関する知識・技能をもとに、これらを扱う際には、人間中心の適切な判断ができ、不安なく自らの意志でAI等の恩恵を享受し、これらを説明し活用できる能力を身につけることです。
 この学習・教育目標を達成するため、教育プログラムを構成する科目群を、

① 導入:社会におけるデータ・AI利活用

② 心得:データ・AI利活用における留意事項

③ 基礎:データリテラシー

 の3つに分類し、表1に示すように30科目を超える教育プログラムの科目群を配置しています。

表1 教育プログラムのカリキュラム表 https://www.socu.ac.jp/uploads/images/m.pdf

 学生は、教育プログラムを構成する、導入・心得・基礎のプログラム学習内容(1)から(5)に対応した科目群の中から、それぞれ2単位以上修得した場合、数理・データサイエンス・AI教育プログラムを修了したと認定します。
 リテラシーレベルに多くの科目群が配置されているのは、本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムが、表2に示す3つの方針により編成されていることが大きな要因です。

表2 データサイエンス教育プログラム編成方針

 本学が教育プログラムを編成する上で重視した点の一つは、「様々な専門分野において、数理・データサイエンス・AIをツールとして利用できることを教育する」ことと、「既存の授業科目と数理・データサイエンスを分離しないで、既存の授業科目の内容に、数理・データサイエンスの要素を組み入れる」ということです。
 数理・データサイエンス・AIは、文系科目、理系科目、一般科目、基礎科目、専門科目に関わらず、様々な適用領域の知見と組み合わせることで価値を創出することを、学生が学ぶことができるようにすることが大切であると考え、学生が学位プログラムを履修する中で、無意識のうちに数理・データサイエンス・AIのリテラシーを身につけることができるようにすることを目指しました。
 このため、数理・データサイエンス・AI教育プログラムでは、講義、演習、グループワーク、フィールドワーク、課題解決型学習、コンピュータを利用した演習など様々な教育方法により行うように工夫されています。
 重視した点のもう一つは、「社会とのつながりを重視してデータ・AI利活用を学ぶ」ということです。
 学生が社会とのつながりを重視してデータ・AI利活用を学ぶため、本学では山陽小野田市と連携し、市が有する年齢別の各種データを統計的に分析・解釈し、グループワークで解決策を考え、最終報告を市職員に向けて発表する、課題解決型の文理融合教育に取り組んでいます。
 また、地域社会と連携したデータサイエンス教育では、山陽小野田市内でフィールドワークを行い(地域に出て調究を行い)、自分が集めたデータを統計的に分析し、課題の解決方法を考える取組みでは、山陽オートレース場、きららガラス未来館、市内にある高等学校等でフィールドワークを行い、学生が自ら収集したデータを統計的に分析し、課題の解決方法をフィールドワーク先に提案することで、社会で活用されているデータやデータの活用領域は広範囲であり、私たちの日常生活や社会の課題を解決する有用なツールになり得ることを学べるようにしています。
 さらに、産業界と連携したデータサイエンス教育では、小野田商工会議所、山陽商工会議所の協力のもと、地域の企業(10社前後)が、各社で抱える技術的課題を学生がグループで解析し解決することを試み、その成果を学生自身が発表して企業に伝える取組みを行っています。
 また、薬学部と工学部とを有する薬工系大学という本学の特色を生かした、薬工連携による相乗効果を基盤として、学生の専門性を踏まえた数理・データサイエンス・AI教育にも取り組んでおり、「健康ビッグデータ解析学」は、データサイエンティストの養成コースの一部として位置付けています。ビッグデータの取り扱い方、分析の仕方にはどのようなものがあるか、調査・研究にどのように利活用できるかを学生が考え、分析する際に利用できる統計手法やアルゴリズムを学び、多次元の大量の観察データの構造を調べるために必要な多変量解析や、遺伝子ビッグデータの処理、解析、医療応用を行うことができるようにしています。
 「臨床統計学」では、製薬企業にて、安全性、創薬、臨床開発、市販後の追跡調査などで必要になる統計の知識・技術を身につけます。学生が、薬物治療に必要な情報を医療チーム及び患者に提供し、生物統計、根拠に基づく医療であるEBM(Evidence Based Medicine)、臨床研究における基本的な統計量(平均値、中央値、標準偏差、標準誤差、信頼区間等)の意味と違いを説明できるようにしています。
 なお、本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムの履修者の状況は表3のとおりです。

表3 教育プログラムの履修状況

3.データサイエンス教育プログラムの自己点検

(1)高校生に対するプログラムのアンケート調査

 本学では、数理・データサイエンス・AI教育プログラムの自己点検・評価の一環として、山口県、岡山県、広島県、島根県、愛媛県、福岡県、大分県に所在する高等学校の中から、令和4年度に大学進学時期を迎える高校2年生を対象に、本学の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」に関するアンケート調査を行いました。

調査対象:
中国・四国・九州の近隣県で令和4年度に大学進学時期を迎える高校2年生
調査時期:
令和3年10月〜11月
回答件数:
6,139人(48校)

1)政府のAI戦略に関する意識

 高校生に対し、「政府は、日本のすべての大学生・高専生が、初級レベルの数理・データサイエンス・AIの知識を習得する計画(AI戦略)を進めています。このことを知っていますか。」という質問を行ったところ、「よく知っている」1.9%、「聞いたことがある」13.9%、「知らなかった」66.9%、「よく分からない」16.7%、「無回答」0.6%と回答し、高校生の約83.6%が政府のAI戦略のことを知らない又はよく分からないという結果になりました。

2)本学の教育プログラムへの意識

 次に、本学では、在籍する学部・学科に関わらず、数理・データサイエンス・AIの基本を学ぶことができるようにしていることを示し、感想としてそれぞれあてはまるものについて質問を行いました。
 その結果、【将来に必要な知識である】に対して、「そう思う」38.3%、「ややそう思う」46.3%と、約84.6%の高校生が、数理・データサイエンス・AIを学ぶことが将来に必要な知識であるという認識を有していることが分かりました。また、本学にて【学んでみたい】か、について質問したところ、「そう思う」20.5%、「ややそう思う」39.9%と、約60.4%もの高校生が、本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムを学んでみたいと回答しました。
 以上のことから、高校生の約8割が、数理・データサイエンス・AIが自らの将来にとって必要な知識であることを自覚し、高校生の約6割が、本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムを学んでみたいという意欲を有していることが明らかとなりました。

(2)企業に対するプログラムのアンケート調査

 学生を採用する企業に対しても、自己点検・評価の一環として、「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」に関するアンケート調査を行うことにしました。特に、薬学教育における数理・データサイエンス・AI教育は新しい取組みであるため、製薬関連企業を中心とする製造業に対してアンケート調査を行いました。

調査対象:
中国・四国・九州に本社、支社、工場などの拠点がある製造業(製薬)、製薬支援企業、製造業(化学、食品、飲料、化粧品など)
調査時期:
令和4年4月〜5月
回答件数:
93社

 アンケート調査の結果、「山陽小野田市立山口東京理科大学の薬学部では、『統計に強い薬剤師』、『ビッグデータを解析し活用できる薬剤師』、『数理・データサイエンス・AIの基礎を身につけた薬剤師』の養成に取り組んでいます。このような薬剤師教育に対する考えをお答えください。」という質問を行ったところ、「とても必要性を感じる」が21.5%、「必要性を感じる」が41.9%と、約63.4%もの企業が、数理・データサイエンス・AIの基礎を身につけた薬剤師を養成することに必要性を感じていることが分かり、本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムの重要性が明確になりました。

4.データサイエンス教育への歩み

 前述のとおり、本学の数理・データサイエンス・AI教育プログラムは、新しい科目を新設することなく、既存の授業科目に数理・データサイエンスの要素を組み入れています。このことを実現することができた要因は、平成30年度に行われた2つの教育改革が源流となって数理・データサイエンス・AI教育プログラムに発展したことによります。そのため、数理・データサイエンス・AI教育プログラムのバックボーンである「工学教育の改革」と「統計に強い薬学部の新設」という2つの教育改革を紹介したいと思います。

5.工学教育の改革

(1)工学系教育の在り方と求める人材像の調査

 平成29年6月、文部科学省から「大学における工学系教育の在り方について」が発表され、工学の役割を再認識し、情報科学技術の工学共通基礎教育の強化、産学協同教育体制の構築、数学、情報科学技術、数理・データサイエンス教育の必修化など、工学教育の革新を断行することが求められました。
 これを受け本学の工学系教育の在り方と今後の方針を明確にし、工学部の教育研究分野及び教育組織の抜本的な見直しを行うため、平成30年に「工学教育の在り方に関する検討委員会」を立ち上げ、変革の時代に対応した工学教育の高付加価値化を図り、数理・データサイエンス・AI教育の全学展開に向けた準備を行うことにしました。
 はじめに、地域の産業界はどのような資質・能力を工学部の学生に求めているのか調査を行うことにしました。本調査では、卒業生の採用が想定される県内企業を対象に、工学系教育の在り方と求める人材像に関するアンケート調査を行いました。

調査対象:
山口県内に拠点をもつ、電気、ガス、農林水産、鉱業、建設・建築、製造業、情報通信・ソフトウェア、運輸及びその他業種
調査時期:
令和元年12月〜令和2年1月
回答件数:
163社

 アンケート調査の結果、本学の工学部を卒業する学生が深い専門性の軸をもつことに加えて、どのような資質・能力をプラス・アルファとして身につけていることを期待するか、について回答を求めたところ、「必ず身につけてほしい」、「できれば身につけてほしい」と回答したのは、「課題を発見し自ら解決しようとする気概」が93.3%、「課題・問題を一旦抽象化し、数理モデルに変換する数学的思考力」が89.0%の順に多い結果になりました。
 また、過半数の企業があげた項目として、「技術者倫理、ものづくり倫理」が80.4%、「統計的手法によりデータ分析を行い、データ分析結果を解釈できる力」が79.1%、「AI(人工知能)、IoT技術、コンピュータを活用できる情報基礎力」が75.5%、「異分野との融合・学際領域の推進から見据える力」が56.5%、「経営学、マーケティング、知的財産管理」が55.2%の順になりました。
 このアンケート結果を参考に、本学工学部が輩出する理想の人材像を「特定の専門分野の深い素養を持つスペシャリストでありながら、データサイエンスをベースとした異分野を含む多様な幅広い関連分野の素養までを持ち合わせ、俯瞰的な視野をもとに将来的にはジェネラリストとしても実践できる技術者・研究者」として掲げました。
 また、「工学部と薬学部の教育と研究の融合が可能となるユニークさを活かすことで、健康面や安全面に配慮できる人間味溢れるエンジニアを輩出する」ことを掲げて次のとおり教育改革を進めました。
 初めに、超スマート社会の到来に向け、@一般教養教育や工学共通教育としての情報基礎教育の強化充実、A本学の専門分野である機械・電気・化学・薬学と情報技術の融合、B地域課題解決のための情報技術の活用を踏まえた情報教育のコア・カリキュラムの在り方を検討しました。
 次に、人工知能(AI)、ビッグデータ、IoT、ロボット等による第4次産業革命やSociety5.0と称される超スマート社会を支える技術に加えて、その先の技術革新時代をリードするために必要となる情報基礎技術に関する能力を、学生が身につけるようにすること、数理・データサイエンス教育の設計においては、データサイエンティストの育成は「実践教育を通して身につける要素が強い」という点を十分に考慮することを重点に、授業科目の内容を見直すことにしました。
 また、医薬ビッグデータを分析し、人の健康や未病に活かす取組みが今後求められると考えられるため、薬工連携を通して、医療・薬学データを分析評価することのできるデータサイエンティストの育成を、工学部と薬学部が協力して取り組むことにしました。

図1 教育プログラムの紹介リーフレット

 さらに、公立大学として、行政サービスだけでは解決できない困難な地域の課題を解決し、市民の生活をより便利にするために情報技術・データサイエンスを活用できる教育を行うため、地域の社会課題の解決を支援する試みをカリキュラムに取り入れるようにしました。
 このように工学教育の在り方を見直し、在籍する学部学科に関わらず履修することを可能にした学部横断型プログラムとして「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」を編成し、数理・データサイエンス・AIを日常の生活、仕事等の場で使いこなすことができる基礎的素養を身につける教育に取り組むようにしました。

6.統計に強い薬学部の新設

 本学では、平成30年4月に、6年制の薬学部薬学科を新設しました。薬学部では、薬を使う「医療・臨床薬学」、薬を創る「創薬科学」に加え、病気を予防して地域住民の健康に貢献する「社会健康薬学」を薬学教育の特色の一つに打ち出し、充実した統計教育を重要な科目と位置づけました。
 我が国では統計学・疫学を研究する人が極端に不足しており(アメリカの100分の1といわれています)、長い間、薬が関わる臨床研究、薬効・副作用評価に大きな支障をきたしてきました。
 本学では、薬学分野における数理・データサイエンス・AI教育は非常に重要であり、予防医学(社会健康薬学)や薬剤の効果の判定には統計学・疫学が必須であり、これからの薬学部の教育に最も必要な分野と位置付けました。
 薬学部では、新しい時代の薬学に必要な情報教育・統計教育を徹底して行い、特に統計教育は、臨床薬学上の薬の効果や副作用の評価と、社会健康薬学(予防医学)に必須の教科と考え充実させました。
 薬に関わるすべての業界(産・学・官)では、薬の効き目や副作用などを評価する必要がありますが、その学問領域である薬剤疫学は統計学を基盤としています。「統計に強い薬学部」として「統計に強い薬剤師」を輩出することを目指しました。
 そのため、数理情報科学に関わる授業科目として、「入門情報リテラシー」、「情報リテラシー」、「バイオ・ケモインフォマティクス」を設定したこと、統計学に関わる授業科目として、「入門統計推計学」、「生物統計学」、「臨床統計学」、「健康ビッグデータ解析学」の統計関係の科目4つ全てを必修科目として設定したことが本学薬学部の大きな特色となっています。
 さらに、AI・ディープラーニングの活用が想定される領域への薬学教育の展開を進めています。例えば、ローカル5GとAI感情解析ソリューションを用いてオンライン服薬指導実習の高速化と深化に取り組んでいます。学生が患者の表情をAIにより瞬時に解析しながら適切にオンラインでの服薬指導を行うことができるようにしています。
 このように、本学の薬学部では、統計・情報・数理・AIの要素が学士課程の中に組み込まれていたため、既存の授業科目の内容に数理・データサイエンスの要素を組み入れた「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」を編成することができました。

7.数理情報科学科の新設

 本学における数理・データサイエンス・AI教育をさらに深化し、学生の付加価値を高めるため、「デジタル」×「工学」×「薬学」が融合したデータサイエンス系の学科「数理情報科学科」を令和5年4月に工学部に新設することにしました。数理情報科学科は、「数物・計算科学分野」、「生命科学分野」、「データサイエンス・情報解析・ソフトウェア分野」、「自然言語処理分野」の4分野で構成され、大学全体の数理・データサイエンス・AI教育を横断的に推進する中核の機能を果たすことになります。実践応用を伴う教育を行うことで、実課題をAIで発見・解決する能力と、豊かな人間性を兼ね備えた「課題解決型AI人材」を養成します。

8.今後の展開

 数理・データサイエンス・AI教育プログラムの自己点検の結果を踏まえ、工学部長と薬学部長をはじめとする関係者で協議した結果、薬工が連携したデータサイエンス教育をさらに進展させることで意見が一致しました。
 そこで、バイオ医薬品の研究・開発・製造・市場化の一連のプロセスに係る基礎的・専門的な知識・技術・技能を有し、医薬品・医療機器・化粧品等における新技術の創出、製品の開発・製造などに貢献する、「ライフサイエンスとデータサイエンスの両方に精通した人材」を、産業界とも連携して工学の立場から育成することに取り組みます。
 また、中学校の「数学」、高等学校の「数学」、高等学校の「情報」の教職課程を設置して、数理・データサイエンス・AIをリテラシーとして身につけた教員を地域に送り出すことで、第4次産業革命やSociety5.0と称される超スマート社会はもちろんのこと、その先の技術革新時代をリードする中学生・高校生を養成したいと考えています。


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