特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その3)

学びのソムリエAI
〜教育データの集積と有効活用による学生個々の学び支援〜

塙  雅典(山梨大学教育統括機構 大学教育・DX推進センター センター長)

1.はじめに

 本学では学生・教員・大学間の情報共有を円滑にするため、20年以上にわたり各種教学情報システムを継続的に整備してきました。図1にその概要を示します。2020年のパンデミック時にはそれまでの情報基盤整備が奏功して、緊急対策としてWebテレビ会議システム(Zoom)を導入するとともに、動画配信システムMicrosoft Streamと遠隔協調システムMicrosoft Teamsにおいても全開講科目の履修学生と教員をグループ化し動画配信や遠隔授業を円滑に行える環境を整えるだけで、なんとか乗り切ることができました。

図1 山梨大学のDX推進状況と今後の計画

 このような経緯を踏まえた本学のさらなるDX推進に係る目標は「教育ビッグデータの有効活用とAIに基づく学びの個別最適化と高度化」ですが、これまでに整備してきた各種教育情報システム基盤のデータを連携させて有効活用する方策については大きな課題が残っています。これまでも、履修登録データ、成績データ、授業評価アンケートや学習経験調査の回答データなどの総合的な分析は大学教育センター教学IR部門が行ってきましたが、限られた人員・時間の中では分析範囲が限定的にならざるを得ず、学生個々人の学習行動に対する詳細な分析を行い、個々の学生にフィードバックするまでには至っていませんでした。学びのソムリエAIはこのような状況を改善し、さらにDXを推進することを目指して企画・開発されました。

2.大学全体のDX推進計画

 本学のDX推進計画は2000年代から2010年代にかけて実施してきた教育情報システム基盤環境の整備・活用と、今後2020年代を通して継続的に取り組む「教育ビッグデータの有効活用とAIに基づく学びの個別最適化と高度化」から構成されています。前者の基盤環境整備はほぼ完了していますが、その継続的な改善と情報資産のさらなる有効活用が今後の課題となっています。このために同システム基盤のビッグデータに基づいて学生の学習行動の自動分析とその結果に依拠した推奨学習情報の提供を行う「学びのソムリエAI」の活用・発展と、仮想現実(VR)・拡張現実(AR)・混合現実(MR)などの新しい技術を実験・実習・実技などへ活用する「XR(eXtended Reality)シミュレーション教育」の検証・導入の2つを進める計画です。

3.学びのソムリエAI取組み概要

 学びのソムリエAIは、学生の専攻、授業履修状況、修学状況などからAIエンジンを使った分析によって学生の志向を抽出し、卒業に必須の科目に加えて履修することが望ましい選択科目や学生の興味関心に適合した学内講演会または連携大学の単位互換科目などを紹介・推奨しようという試みです。オンライン販売サイトにおいて、検索結果や購買履歴に応じて「おすすめ商品」が提示されることは現代では当たり前になっていますが、この大学教育版が学びのソムリエAIと考えればわかりやすいでしょう。
 図2にその概要を示します。本学ではこれまでも、学生の学籍データと授業履修データ、教員の所属等データと担当科目データは有機的に連携され、効率的な学内教育情報システム基盤が構築されてきましたが、本取組みでは、これをさらに発展させ、学生の科目毎の成績データやLMSのアクセスログや小テストの回答状況、LMS上で集められる授業の振り返り(授業で理解したことやわからなかったこと)への入力テキストなど、学生の学習過程で集められるビッグデータを異種混合データのAI分析エンジンを活用して分析することで、学生の学びの志向や、得手不得手、学習行動における課題などを自動的に抽出し、その分析結果に基づいて、学生に次の学習行動を常時推奨することを想定しています。これにより学生は、卒業に必須の科目の履修登録を取りこぼしなく確実に行えるだけでなく、興味関心や学習の進捗状況に応じて情報にたどり着くことができ、学びの深さ・幅が広がることが期待されます。先々は、LMSに入力される大量のテキストをAI分析することで個々の学生の文章表現力を可視化し、普段から「認知の外化」の訓練を積むことで、思考力・表現力の向上にもつなげたいと考えています。

図2 学びのソムリエAI 取組み概要

4.おわりに

 学びのソムリエAIは令和2年度第3次補正予算(Plus-DX)の補助を受けて令和3年度1年間をかけて開発され、令和3年度末にサービス開始しました。学籍情報や成績データなど各種教育用情報システムのデータを集積するデータ集積サーバとAI分析サーバに加え、学生への情報提示用の複数のMoodleプラグインから構成されています。MoodleプラグインをMoodle 3.x用に開発したため、最新の安定環境であるMoodle 4.xへの移行の阻害要因になってしまっていることが目下の課題です。また授業ごとの学生データが必要なシステムであるため、履修者の少ない科目を除外したりカリキュラム改正に対応したりするなどの細かなチューニングが必要になることにも対策が必要です。今後も試験的な取組みを含めて様々な改良を重ねていく予定です。


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