特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その3)

一人ひとりの個性を伸ばす目標・学修支援
〜「日経大PEAK」の開発・導入〜

田代 雄三(日本経済大学 業務推進部長・准教授)

1.はじめに

 本学では、建学の精神である『個性の伸展による人生練磨』に則り、学生一人ひとりの能力を伸ばす教育に力を入れています。経済学部・経営学部の2学部の中に18の多様なコースがあり、学生が興味・関心に応じたカリキュラムを履修できる体制を整えています。
 2020年からは、コロナ禍での教育を模索し、遠隔授業やLMSの導入等を実施してきました。情報基盤が整ってくる一方で、対面・アナログで行っていたことをオンライン・デジタル化することに留まっているなと感じていました。
 そこで、文部科学省より『デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus-DX)』の事業公募が開始されたことをきっかけに、デジタルだからこそ実現ができる教育を計画・実行することを決めました。
 今回は、『デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン(Plus-DX)』に採択された「『仲間とともに個性を伸ばす』全学DXプログラム」を紹介します。本学は九州・沖縄地区の私立大学として唯一の実施機関として選定されており、いわゆる「地方私立大学」の取組み事例でもあると考えています。

2.デジタル活用に至った課題

 本学では、学生一人ひとりの能力を伸ばす教育に力を入れてきましたが、学生の興味・関心や目標などの情報をデジタルデータとして十分に取得できていませんでした。また、当時の大学の情報基盤は旧態依然としたもので、大学のニーズに沿って改修したり、データ分析したりすることが容易ではありませんでした。
 例えば、学生の興味・関心や目標などの情報を新規取得する、取得したデータを他のデータテーブルとリレーションを組む、複数のデータテーブルを結合して分析をするといったことを実現するには、その都度大きな改修費や作業期間をかける必要がありました。学生の興味・関心や目標等、これまでに取得できていなかった情報を取得し、それらのデータを分析し教育に活用することで、学生が興味・関心に合った目標を実現していくことをサポートする仕組みを実現できる情報基盤を必要としていました。

3.解決策の計画・実行

 2.で述べた課題を解決するために、どのように学生の興味・関心や目標等の情報を取得し、大学側が目標達成を支援するかアウトラインを検討しました。検討の結果、学生の目標決定や達成に必要なマイルストーンを個性(Personality)・知識(Knowledge)・経験(Experience)、達成(Achievement)と定め、それぞれの英語の頭文字を並べて『PEAKモデル』と名付けました。(図1参照)

図1 目標達成モデル『PEAK』

 まずは学生自身が自分の興味・関心といった「個性」について考え、それに合った授業を履修する等で「知識」をインプットし、知識を様々な「経験」を通してアウトプットする。それを繰り返すことで「目標達成」に至る、といった流れです。この『PEAKモデル』をコンセプトにシステム開発を行いました。

4.システム開発の要件

 システム開発にあたっては、大学や学生の様々なニーズに対応できる柔軟性や、高度なデータ分析・活用への応用力を備えた開発プラットフォームを検討し、ローコードで開発ができるプラットフォームを利用する方針としました。複数のローコード開発プラットフォームを検討した結果、CRM(Customer Relationship Management)基盤としてグローバル展開しているSalesforceを活用することを決定しました。SalesforceはEDA(Education Data Architect)という教育機関向けのデータアーキテクトを持っており、米国ではトップレベルの大学を含め、教育機関にも幅広く普及しています。今ではEducation Cloudの名称で日本国内に展開しています。
 Salesforceを開発プラットフォームとして利用することに決めた理由は、ノーコードで学内の教職員が改修できる範囲が非常に大きく柔軟性が高かったことがあります。また、分析機能が優れており、標準の分析機能でもExcelのピボットテーブルで可能なレベルの集計・分析は画面上で即座に実行できます。さらに、BI(Business Intelligence)として定評のあるTableau(Salesforceのグループ企業)と相性がよく、複数のデータテーブルを結合して高度な分析やデータの可視化を行うことが、これまでよりもずっと簡単になりました。
 開発は教育機関向けのSalesforce開発支援実績が多かったコンサルティングファームをパートナーとして行いました。ローコード開発プラットフォームであることを活かし、最初に要件定義を固めきるウォーターフォール型の開発ではなく、機能ごとに画面イメージを確認しながら要件を固めるアジャイル型の開発を行いました。
 開発を進めていくにつれて、データ閲覧・集計・分析を中心に利用する教職員はPCでの利用が適切で、データ閲覧を中心に利用する学生はスマートフォンでの利用が適切であることがわかってきました。そのため、SalesforceのMobile Publisherという製品を導入して、学生向けにはiOS・Androidアプリとしてリリースする形を取りました。学生向けにSalesforceという名称はわかりにくいので、『日経大PEAK』と名付け、学生に利用してもらっています。(図2参照)

図2 iOS・Androidアプリ『日経大PEAK』

5.運用・定着に向けて

 最後に、この新しい仕組みをどのように運用・定着を目指しているのかをお話します。アプリをリリースしただけでは、自主的に興味・関心や目標を入力する学生は少ないだろうと予想できました。したがって、本学では1年生からゼミに所属するため、ゼミの中で目標設定や進捗管理をする運用方法を取りました。教員の先生方に研修をさせていただき、運用・定着に取り組んでいます。(図3参照)

図3 ゼミでの目標設定・振り返り
 リリース初年度は6〜7割の学生が利用するに留まりました。目標を入力はしたが、進捗確認や振り返りができていないケースも多くあります。データが増え、分析・活用ができる機会が増えていけばさらに役立ちを高めていくことができます。学生が目標達成し、希望する進路に進めるよう新しい仕組みの定着に粘り強く取り組んでいきます。


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