特集 学びの質向上に向けたICT活用の取組み(その1)

演習でオンラインを活用して
「場の力」を創出する

谷口 友帆(名古屋学芸大学 メディア造形学部デザイン学科・准教授)

1.はじめに

 他者と空間を共有すると、そこに固有の気配、雰囲気、ムード、といった人と人との関係性が織りなす刺激が立ち上がります。大学の教育現場でもそれは当てはまり、同じ教室で学ぶと、他者の発言や取り組む姿勢などから刺激が発生します。ここでは空間を共有することで起きる刺激のポジティブな側面を「場の力」と呼ぶことにします。
 筆者の専門であるデザイン教育の現場では場の力の影響が顕著であると感じます。それは、授業の中で図案や立体物など視覚情報に重きをおく制作課題が多く、学びの進捗を感覚的に捉えやすいからかもしれません。このような現場で学生間の刺激がうまく発生した場合、つまり場の力がうまく働いた場合には、クラス内に発想の飛躍やスキルの成長が生まれているとも感じます。
 教育現場で場の力を生む仕掛けができるか否かは、学修の質に強く影響すると考えます。

2.授業改善の目的・目標

 2020年度以降、感染症の影響により教育現場には大きな変化が起きました。授業はオンライン化が余儀なくされ、インターネットを利用したリアルタイムオンライン講義の方法を模索された方が多かったと聞きます。筆者も同じく、様々な授業方法を試す期間を経験しました(写真1)。

写真1 感染症の影響下でのオンライン授業の様子(2022年度)
 そのとき特に気を揉んだことが、オンライン化で物理的空間が失われ、場の力も消えたことでした。対面授業では自然に発生していたそれをなんとか取り戻したい。その思いもあり、いくつかの手法を試し、一定の効果を感じることができました。
 過去の自身の研究により、オンライン化した授業の中でも場の力をつくり出す要因は以下の4要素であると定義しました。

① 即時性:クラウドへの進捗提出による、鳥の目、虫の目でのリアルタイムな学びの共有

② アーカイブ性:クラウドへの課題提出による、蓄積される学びの見える化

③ フォーカスの力:カメラの視点固定やチャットによる、自然な意識移動

④ プレイバック:複雑な課題説明(作業説明)を記録、共有し、動画教材化

 2023年5月現在、再度社会状況は変化し、大学の学び舎は感染症の影響を受ける前の状態に戻ってきました。そこには従来存在していた場の力も戻っています。ですが、気づけばそれに加えて、オンライン授業で効果を感じた「場の力をつくりだす要素」を自然と活用している現状がありました。
 本稿では、感染症の影響下で見えた場の力をつくりだす要因を、対面授業でどのように活用しているか、その事例を紹介していきます。
 インターネットの活用が一般化し、知識へのアクセスが多くの人にとって可能になりました。よって、その気になれば専門知識・技術を学ぶことは容易です。ですが、情報を獲得して独学はできても、単身で場の力をつくることはできません。大学が持つ「場」の魅力を再確認し、その有用性を高めることは、情報豊かな現代において「大学を学ぶ環境として選択したい」という思いを創り出し、ひいてはその思いの集合が、大学教育の質的向上につながると考えています。

3.改善内容と方法

 場の力を作り出す4要素を現在どのように活用しているか、それぞれ紹介していきます。

(1)即時性

 これは、オンライン授業で起きる「体験の分断」を避けるために必要な要素でした。具体的には授業の節目で課題の進捗状況を写真に記録し、クラウドへあげ、即時に100名程度の受講生全体と共有するという取組みとして実践しました。学生それぞれが異なる場所で受講する場合でも、1つの場にいるような効果が期待できます。
 対面授業で受講生が同じ空間を共にできるようになった現在、現物が手元にありながらも共通のオンラインクラウドへ各自の進捗データをアップロードし、全体で確認・共有しています。
 これにより短時間かつ空間的移動を必要とせず、サムネイル画像を通じてクラス全体の状況を一望できます。また必要に合わせて各自のデバイス(PCやスマートフォン)で各データにアクセスし、詳細な確認も可能です。
 オンラインツールで授業全体の気配を意図的に共有することにより、場の力は強化されます。

(2)アーカイブ性

 オンライン授業では課題成果物の現物確認が困難となり、それらの完成写真をクラウドへ提出する方法をとりました。これには単にデータを回収する以上の効果があり、アーカイブ性と定義しました。
 アーカイブ性には二つの特徴があります。一つは内発的な学びの発生、もう一つは積み上げてきた学びをポートフォリオとして活用できることです。
 現在も現物での提出と合わせて画像提出を取り入れています。画像を共有しながらクラス全体で工夫、失敗例などを質疑すると、学生一人ひとりへアドバイスをせずとも学生は要点を捉え、自ら工夫しながらアウトプットを向上させていきます。

(3)フォーカスの力

 これは情報のフレーミングを通じて、意識をひと所にとどめる効果を指します。作業方法の説明、質疑応答など、こちらの発信を的確に切り抜くことで、密度の高い情報のやりとりをもたらします。
 オンライン授業において、Zoomのチャット機能は授業内での意見交換を活発にしていました。対面授業でこのやりとりを継続するために、それに適したソフトウェアとしてSlido(Q&Aと投票のオンラインプラットフォーム)を導入しています(写真2)。

写真2 講義中Slidoを通じて質疑をしている様子(2023年度)

(4)プレイバック

 プレイバックは授業内容を録画し、復習できるようにする取組みです。オンライン時にやむなく発生した「手元撮影による説明」を録画して、オンデマンド教材として提供していました。復習などで活用され、高い学修効果が確認できました。
 授業の動画記録に慣れた現在、オンライン授業実施前に比べて、要点を録画し、その後配信することが多くなっているのが現状です。

4.授業実践の効果

 調整を加えながら、オンライン授業で導き出した4つの要素を、対面授業を行う現在も継続しています。
 実施して間もない中ですが、従来の場の力に加え、これらの要素を加えた授業には、振り返りを通じてポジティブな反応が届いています。

5.今後の課題と展望

 目の前に相手がいないリアルタイムオンライン授業では、受講生間の刺激による相乗効果をいかに生み出すか苦心しました。気づけば、様々な取組みによりオンラインでの場の力は対面授業以上の効果をもたらしていたように思います。
 また、この経験により、オンライン授業又は対面授業の形態に関わらず、教員と学生、学生と学生、それぞれの関係をうまく創り出すことの効果と重要性を改めて強く感じました。
 今後もその意識を途切れさせず、場の力を創出する4要素を活用しながら、授業プログラムの向上を進めていきます。


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