特集 学びの質向上に向けたICT活用の取組み(その1)

学習分析ツールを活用した機械系専門科目の反転授業
〜予習活動の可視化とその効果〜

角田 和巳(芝浦工業大学 工学部機械工学科教授)

1.はじめに

 科学技術の高度化に伴い、理工系専門科目の中で教授するべき知識やスキルは増加していますが、伝えたい知識量を授業にすべて盛り込もうとすれば、余裕のない学修を学生に強いることになりかねず、深い学びにつながりません。このような状況を改善するためには、反転授業の導入を検討することが有効と思われます。
 反転授業の詳細は本機関誌でも紹介されている通りですが[1]、授業の前に、従来教室で行っていた講義の一部を予習ビデオの形態でオンライン配信することが一般的です。すなわち、反転授業はICTとの親和性が高い授業形式と位置づけることができます。そのため、ICT環境を利用して予習段階の学修活動データを取得することも比較的容易です。そこで本報告では、筆者が3年次後期に実施している「エネルギー変換工学」の反転授業を取り上げ、LMSや学習分析ツールを利用した予習活動の可視化とその効果について紹介します。

2.授業方法

 本科目では、エネルギー変換システムの評価や開発に必要な概念および知識を整理した後、エネルギー変換の諸原理を実用問題へ適用する手法について学びます。したがって、授業目標を達成するためには、具体的な問題を想定した種々の計算やグラフ作成などの演習が不可欠です。この時間を授業内で確保するため、2022年度は以下のような進行にしたがって反転授業を実施しました。

① 授業前

② 授業

3.予習に伴う学修活動の可視化

 従来、事前課題1と2の解答は、授業開始までに学内のLMSから提出するよう指示していましたが、2022年度は事前課題2の授業前提出を求めないこととし、作成した答案を各自が模範解答と照らし合わせ、授業までに自己添削する方法に変更しました。これは、より主体的に学習へ関与してもらうことを目指したものですが、自己添削に伴う学修活動の可視化も目的としています。
 図1に可視化結果の一例を示します。本学は文部科学省のPlus-DX事業により教材配信システムを導入したので、その環境を利用して事前課題の自己添削を行うことにしました。具体的には、BookRoll[2]に模範解答を掲載し、BookRoll上で自己添削を行うように指導しています。BookRollを利用すると、模範解答にマーカーを引く、メモを残す等々の操作を行うことが可能です。それらの情報を学習分析ツールLAViewで解析すれば、図1のように全員の学修活動を容易に確認することができます。そこで、授業の冒頭でこの可視化結果を提示し、重要事項や間違えやすいポイントなど自己添削の結果を共有するようにしました。これにより、自分の答案を振り返る機会を設け、その後関連した確認テストを行うことによって知識の定着を目指すようにしています。

図1 教材に記録された全学生の学習活動

 また、BookRollでは、教材に滞在していた時間や教材上で行った各種操作の回数も学修データとして記録されます。このデータを学習分析ツールで抽出し、教材滞在時間を成績順に並べることで滞在時間と成績との関係を図2のようなヒートマップとして可視化しました。色の濃淡は、個々の学生がBookRoll上の教材(事前課題2)に滞在していた時間を表しています。また、一つの列に沿って最初の課題から最後の課題まで滞在時間が配置されているので、この図を縦方向に見れば、ある特定の学生について滞在時間の推移を把握することができます。なお,下段のマップは授業開始前の時点で取得した滞在時間から作成し、上段のマップは最終的な滞在時間の集計結果に基づいて作成しています。学生の成績は左から右へ向けて低くなりますが、ヒートマップの濃淡を観察すると、成績上位に相当する左側の領域では滞在時間が概ね長いことがわかります。一方、マップ右端の領域に相当する不合格者の滞在時間は非常に短くなっており、十分に予習が行われていない状況が推測されます。さらに、予習段階では滞在時間が短くても(下段のマップ)、最終的な滞在時間は増加しています(上段のマップ)。この傾向は、教材が復習にも利用されている状況を示しています。

図2 教材滞在時間の可視化

4.まとめ

 以上のように、教材に残された学修活動を可視化することで、学生が主体的に学修している様子を確認できるようになりました。授業期間終了後に実施した自己評価アンケートからも、すべての授業目標に対して達成度が以前より高くなっており、積極性も従来の結果を上回っていることがわかります(図3)。また、成績内訳を見ると、成績優秀者(S,A,B)および不合格者(D+F)の割合がそれぞれ増加、減少しており、平均点も上昇しました(図4)。これらの傾向は、予習段階での理解状況を可視化して学生へ提示できるようになったことで、学生が主体的に学修する姿勢が改善され、その結果、目標達成度、積極性、成績といった学修成果が向上した可能性を示唆しています。これからは、学修データと学修成果を紐付け、反転授業の中で個別最適化された学びを実現していくことが重要になると考えています。

図3 自己評価アンケートの結果
図4 成績分布の比較
参考文献
[1] 岩ア千晶, 主体的な学びを育む反転授業とその普及を目指した支援体制のデザイン, 大学教育と情報, 2022年度 No.3(2022), pp.4-7.
[2] 緒方広明, ラーニングアナリティクスとは, 大学教育と情報, 2022年度 No.2(2022), pp.4-7.

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