数理・データサイエンス・AI教育の紹介

群馬大学における数理・データサイエンス・AI教育の取組み
〜数理データ科学教育研究センターによる全学教育〜

青木 悠樹(群馬大学 数理データ科学教育研究センター長教授)

鈴木 裕之(群馬大学 数理データ科学教育研究センター副センター長教授)

1.はじめに

 本学は共同教育学部、情報学部、医学部、理工学部の4学部で構成されています。このうち共同教育学部と情報学部は、近年の改組に伴い新設された学部です。共同教育学部は、80km離れた宇都宮大学との共同で2020年度につくられた教員養成学部です。本学の共同教育学部の学生は、大学4年間の授業の約4割を、遠隔地である宇都宮大学が開講するオンライン授業として受講するため、GIGAスクール構想[1]において推進されるICT利活用を自らが体験的に学べる教員養成学部となっています。情報学部は、社会情報学部と理工学部電子情報理工学科情報科学コースの教育を統合した教育研究組織であり2021年に新設されました。科学技術と人間社会の調和が求められる持続可能社会の実現に向けて、情報を基軸とした文理横断型の教育により人材を育成する学部となっています。また、理工学部においても2021年の改組に伴い5学科から2類8プログラム編成とすることで、分野横断的な教育を強化しています。
 このようにSociety5.0の推進により実現される「超スマート社会」に対応できる専門人材育成に各学部が取り組んでおりますが、これら4学部での専門人材育成につながる数理・情報科学の基盤教育を全学的に担っている組織が数理データ科学教育研究センターです[2]。本稿では、本センターが数理・情報科学教育として全学展開しており、文部科学省の数理・データサイエンス・AI教育(MDASH)のリテラシーレベルに認定されている「データ・サイエンス」という授業科目のこれまでの変遷については、「2.」で、当科目のオンデマンド型授業への移行については、「3.」で、リテラシーレベル“プラス”部分となる本学の特色となる横断教育の取組みについては、「4.」で、それぞれ紹介します。

2.「データ・サイエンス」について

 科目「データ・サイエンス」は2019年度まで社会情報学部で開講されてきた科目「情報」を元に導入された学部初年次向けの数理・情報科学の授業科目です。各学部教員の協力を仰ぎながら、1,100名以上の全学生を対象に2020年度より必修科目として開講しております。数理・情報科学に関する全学生の底上げだけでなく、特に優秀な学生に対してはセンター賞を贈呈するなど、試行錯誤的な取組みを行ってきました(写真1)。以下では、科目名「データ・サイエンス」の3年間の変遷を紹介します。

 
2021年度   2022年度
写真1 数理データ科学教育研究センター賞授賞式の様子
(2020年度はコロナ禍のため対面での授賞式は未開催)

(1)初年度の試み(2020年度)

 1クラスの人数を50名程度とし、全24クラス(共同教育学部4、社会情報学部2、医学部医学科2、医学部保健学科4、理工学部12)編成で授業を実施しました。シラバスの概要は表1に示すようであり、全15回の授業のうち前半6回は学習事項の大枠のみを示した上で、授業の詳細は学部・学科毎の教員に委ね(表の青枠)、後半9回分の授業では本センターが作成したe-ラーニング教材を全学での統一教材として使用しました(表の赤枠)。前半6回の授業進行の詳細を学部・学科毎に委ねた理由として、学生のパソコンの扱いに関する能力が学部により異なることが想定されたためです。後半の8〜13回目は2週をセットとし、e-ラーニング教材を交えた講義回と演習回を交互に実施しました。最後の14、15回目は最終演習課題に取り組みますが、比較的大きな実データ解析として、日本プロ野球のデータを題材とし、課題を設定した規定課題と課題を自身で設定する自由課題を課しました。

表1 授業概要。
青枠部分は学部・学科ごとの授業内容、
赤枠部分は全学統一授業内容

 全ての授業は対面での実施を想定しておりましたが、コロナ禍に突入したため、オンラインでの実施に急遽変更され、1,128名が履修し1,072名が単位取得に至りました(取得率95.0%)。不慣れな状況でのオンライン授業であったため、学生と教員や、学生間のつながりが希薄となってしまったものの、授業評価アンケートの結果では、講義の構成について88.2%、難易度設定について77.7%、e-ラーニング教材の品質について81.6%、が概ね適切であったと回答されたことから一定の評価が得られたと考えております。一方で、授業担当教員による振り返り検討会では、8〜13回目における講義と演習の担当教員が異なる場合、担当教員間の引き継ぎが不十分であったため、一貫した指導ができていない場合があった、という問題点が指摘されました。また、学生自らが課題を設定する最終の自由課題において日本プロ野球のデータを用いた設定は、学生の野球への関心の有無に左右されるため、全学生にとって身近なデータとは言えない、という指摘もありました。

(2)リテラシーレベルに認定(2021年度)

 2021年度は、2020年度と同様のクラス編成で授業を実施しましたが、コロナ禍の影響を受け引き続き大半の授業がオンライン授業となりました。2020年度の問題点の改善として、2週をセットとし講義と演習をそれぞれ行っていた8〜13回目の授業を、講義と演習を1回の授業内に実施し、学習テーマを授業ごとに完結する構成へと変更しました。また、最終の自由課題で用いるデータは学生が身近なテーマを設定できるよう、野球に限定しないe-Statのデータも使用可としました。1,139名が履修し1,095名が単位取得に至りました(取得率96.1%)。
 2020年度と同内容の授業評価アンケートの結果を比較すると、「教員、TAの教え方が分かりやすかった」という質問に対する肯定割合が2020年度は79.1%であったのに対し、2021年度は91.1%まで増加しており、後半部分における講義と演習を同一授業回で実施したことの影響が現れたと考えられます。また、「e-ラーニングでの動画内容がよく練られていて分かりやすかった」と評価する割合が87.5%と高い結果が得られました。授業担当教員による振り返り検討会では、野球データへの学生間の興味関心の差が大きいことが、最終の規定課題においても問題となることが指摘され、2022年度からは統計センターで提供されている教育標準データセット(SSDSE)を使うこととなりました。
 本授業科目は2021年8月に文部科学省からMDASHリテラシーレベルの認定を受けました(図1a)。また、この認定を受け、本学で導入を開始した学習スキルを示すデジタル修了証であるオープンバッジ[3]の発行を行いました(図1b)。学習成果の修了書として、従来は紙の証明書が発行されてきましたが、デジタルバッジは提出の困難さ、紛失、改ざんなどの紙の証明書の問題点を解決しています。オープンバッジはこうした紙証明書の問題点解決だけでなく、リスキリングなどの新たな学びの履歴を示すツールとして期待されており、その第一歩としてリテラシーレベルに認定された「データ・サイエンス」の修了証のデジタル発行を試みました。

図1(a)MDASHリテラシーレベル認定
図1(b)リテラシーレベル取得を
認定するオープンバッジ

(3)オンデマンド化の準備(2022年度)

 2021年度の授業評価アンケートの結果においてe-ラーニングでの動画内容を評価する割合が高かったことから、1〜6回目を含めた全授業のオンデマンド化に向けた準備を開始しました。前半6回は、学生のパソコンの扱いに関する能力に授業の進行が大きく依存しますが、オンデマンド配信では講義動画を繰り返し視聴できるため、パソコン操作に関する学部間の能力差を補完できることが期待されます。一方で全学オンデマンド化にあたり「従来の授業と同程度の教育効果が得られるだろうか?」という懸念が生じたため、教育効果を調査すべく、一部の学生のみを完全オンデマンド化することで従来授業との比較を行うこととしました。本科目は大半の学生に対しては前期に実施していますが、医学部保健学科(160名)のみ、授業時間確保の問題から後期に実施してきました。そのため、保健学科と再履修クラスにおいてオンデマンド授業を実施しました。結果として「3.」で説明するように、従来授業と比較し遜色ない学習効果が得られることを確認し、2023年度から全学オンデマンド化することを決定しました。
 以下では、従来型授業における振り返りを簡潔に記載します。従来型授業は968名が履修し915名が単位取得に至りました(取得率94.5%)。最終の規定課題で用いるデータを日本プロ野球データからSSDSEのデータに変えましたが、分析データについての学生からのネガティブな意見は大幅に減りました。このことから、学生個人の関心の高さによる不公平感を解消することができたと考えられます。一方で、テーマを自身で設定する自由課題については、学生にとってはテーマ選びの難しさ、教員にとっては採点の難しさが教員の振り返り検討会で指摘され、受講生の理解度確認と採点のしやすさを両立できる問題設定の検討が必要となってきました。
 また、授業評価アンケートから、学生の数理・データサイエンスのリテラシーが年々上がってきたことを示唆する結果が得られました。図2に示すよう、「もっと高度なアンケートを学びたかったか」という質問に対して、提供する授業内容は変わっていないにもかかわらず、もっと高度な内容を学びたいと回答した割合が2020年度の22%から、2022年度では40%まで増加しました。このことから授業内容の高度化を検討する必要がある可能性が示唆される一方で、学生の個人差が開いている可能性も考えられるため、より詳細な調査が必要であると考えております。

図2 「もっと高度な内容を学びたかった」と回答した学生数の割合[年度]

3.オンデマンド授業について

 2022年度は医学部保健学科(160名)と再履修クラス(62名)のみをオンデマンド型の授業としました。このうち単位習得数は保健学科が153名(取得率95.6%)、再履修クラスは31名(取得率50.0%)でした。再履修クラスは多年度に亘り授業を受けている学生が多く、オンデマンド型授業のみの効果を見ることが難しいため、以下では保健学科の学生のみを対象とし従来型との比較を議論します。図3は満点を30点とする最終課題の平均点(a)と単位取得率(b)を示しており、2022年度の保健学科のみがオンデマンドで実施した時の結果です。同一学科内での比較が必要ですが、最終課題の内容が年度によって異なるため単位取得率も影響を受けるはずです。そのため、保健学科以外の年度の違いを考慮した単純な比較を行うと、オンデマンド化に伴う変化は最終課題の平均点は7.5%の減少、単位取得率は4.1%の減少と見積もられ、従来授業と損失ない学習効果が得られると結論しました。しかし、オンデマンド授業の実施においては、配信コンテンツだけでなく、授業の運営の仕方が重要な要素となります。それぞれについて以下で説明します。

 
(a)最終課題(30点満点)の比較   (b)単位取得率の比較
図3 保健学科以外と保健学科の平均点と単位取得率の比較
(2022年度の保健学科のみがオンデマンドで実施)

(1)配信コンテンツ

 配信動画で使用する音声は、発声が明瞭で聞き取りやすく、かつコンテンツの逐次修正にも対応できるよう、音声合成ソフトを用いたテキストの音声化を行いました。一つの動画時間は10分程度となるよう、各授業回に複数の動画を用意しました。動画配信の方法として学内のオンプレミスサーバーを用いmediasite[4]という動画配信システムを介して配信しました。

(2)授業運営

 オンデマンド型の授業整備にあたり文部科学省が示す資料[5]に準拠した授業設計を行いました。授業内容に関する質問への対応としては2種類用意し、対面での質問受け付けとして月・水・金の昼休みを質問受付時間と設定し、教員での居室にて質疑対応を行いました。その他にも、Moodle上に質問掲示板を設け、複数のチャンネルから学生からの問い合わせを受けられるようにすることで教育の双方向性を担保しました。
 オンデマンド型の動画配信は、好きな時間に視聴できるというメリットがある反面、学習リズムの管理ができない学生は勉強をしなくなるというデメリットもあげられます。そのため、学生の自由度を残しながらも学習スケジュールを管理するという観点から、図4のような学習サイクルとしました。配信する講義動画は、設定された授業日から1週間を視聴推奨期間とし、授業毎に実施するWebテストの回答期間を公開日から2週間としました。しかし授業評価アンケートでは「オンデマンド形式での授業は、リアルタイムでの授業と比べてスケジュール管理の難しさは感じなかった」という質問に対して、32.1%が「当てはまらない」「あまり当てはまらない」を回答しており、スケジュール管理の難しさを感じている学生が少なくないことが分かりました。そのため、担当教員はWebテストの提出状況を頻繁にチェックし、未提出の学生に対して連絡するなど、さらなるきめ細かな指導が必要であることが分かりました。

図4 オンデマンド授業の学習サイクル

 2022年度保健学科および再履修クラスで実施したオンデマンド授業において、従来授業と同等の学習効果が得られることが確認できたことから、2023年度は全学部のデータ・サイエンスをオンデマンド形式で実施することになりました。この全学部への展開に際し、1,100名を超える学生に対して適切な質疑対応を行う体制づくりが課題となりましたが、2022年度のデータ・サイエンス(対面授業)の授業時間帯を対面質疑対応時間にあて、講義室に教員もしくは学生スタッフ(Student Assistant:SA)を配置することで、少ない教員でも十分な対面質疑応答に対応できる環境を整備しました。

4.群馬県内19団体と協同したICT教育

 Society5.0に向けた横断的な人材育成では、在学中の学生だけでなく、将来的に本学へ入学する可能性がある小〜高校生に対する教育、本学卒業後の社会人に対するリカレント・リスキリング教育も重要であり、産学官連携による県内人材の育成に取り組んでおります。特に、GIGAスクール構想に伴う小〜高校生に対するICT教育、またそれを指導する現職教員の育成指導を、産学官連携による「ぐんまプログラミング教育推進協議会」と協同し進めてきました。この取組みは2022年度にMDASHリテラシーレベル“プラス”に認定されました(図5)。

図5 MDASHリテラシーレベルプラス認定

 義務教育段階におけるICT教育指導としては、小学生に対して夏休み期間中にScratchを用いたプログラミング的思考の教育を行ってきました(写真2a)。この取組みは子どもたちにタブレットが配布される以前の2018年から開始しており、群馬県内におけるGIGAスクール構想を進めていく上での教育モデル構築の一端を担いました。タブレット配布が完了したのちは、指導研修を受ける機会がないまま現場での指導が必要とされる若手教員の指導力向上を目的とした講習会を行ってきました(写真2b)。
 高校教育においては、2022年度より共通必修科目となる「情報I」の利活用を目的とし、2021年度より「IoTスクール」(写真2c)や、また群馬県総合教育センターと連携した高校教員の研修講座を開講してきました。「IoTスクール」では、希望する高校生に対してエッジ端末であるRaspberry Piを用いたセンサ制御、ネットワーク、機械学習の基礎を教え、高校生はこれらの技術を横断的に用いた社会課題解決を目指します。完成した作品を「ぐんまプログラミングアワード」[6]に出品し競い合うことで社会からの評価を受けることができます(写真2d)。

写真2 GIGAスクール構想に基づいた小学生を対象としたプログラミング教室(a)。不足する若手教員の指導力向上を目的とした中学校への出張授業(b)。「情報」教育の実践的な利活用を想定し高校生を対象としたIoTスクール(c)。ぐんまプログラミングアワード(d)

 こうした学外教育においてもオンデマンド配信を活用し、学外から利用可能なG-MOOCs[7]と呼ぶクラウドでのMoodle環境を整備しました(図6)。G-MOOCsでは、動画配信プラットフォームとしてオープンソースであるkaltura[8]を採用しました。前述したmediasiteとの違いとしては、学習者の詳細な視聴ログを取ることが難しいなどがあるため、用途に応じた使い分けが必要かと感じています。本務以外の隙間時間を利用して学ぶリカレント・リスキリングにはオンデマンド方式は適した学習法であると考えられます。学内教育における「データ・サイエンス」で培ったオンデマンド配信のノウハウを学外教育にも生かし、オープンバッジを用いた修了証を発行することでこれからの新しい学び方の確立を目指します。

図6 学外者用のオンデマンド教材配信システム(G-MOOCs)

5.まとめ・これから

 「データ・サイエンス」の科目を中心に、本センターが取り組んでいる数理・情報科学教育を紹介しました。本科目で扱っている学習内容の一つ一つはすでに確立されている内容が大半ですが、Society 5.0という時代の流れに即した“横断型であること”という点が本科目の新しい要素であると考えております。この“横断”には、人文科学と自然科学間の横断、大学間の横断、社会と大学間の横断など、様々な意味が含まれており、お互いが持つ「情報」をつなぐ働きが数理・情報科学という学問の特徴であると考えております。本学における横断の架け橋を担うのが、本センターの役割です。所属学部を問わず全学生が「データ・サイエンス」を受講することで、文理横断教育を実現しております。また作成したオンデマンド授業で使用するデジタル教材は、北関東三大学連携を結んでいる茨城大学、宇都宮大学にも補助教材として活用されており、大学間をつなぐ架け橋の一端を担っていると考えております。さらに4.で説明したように、小〜高校教育と連携することで地域社会との架け橋を本センターが担っています。
 架け橋である数理・情報科学教育の役割は時代の変化とともに変わり続ける必要があります。図2にも示したよう、学生のリテラシーレベルは年々高まっており、「情報I」が共通テストに組み込まれたのちは、さらに向上することが見込まれます。こうした学生を含めた社会の変化に機敏に呼応し、迅速な教育内容のアップデートができる体制の維持が数理・情報科学教育には求められる点が、本教育の大変さである反面、面白さでもあると感じております。

参考文献およびURL
[1] 文部科学省,“GIGAスクール構想の実現について”
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
(アクセス確認日:2023.04.20)
[2] 群馬大学数理データ科学教育研究センター
https://www.cmd.gunma-u.ac.jp
(アクセス確認日:2023.04.20)
[3] 一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク
https://www.openbadge.or.jp
(アクセス確認日:2023.04.25)
[4] ビデオプラットフォーム,“mediasite”
https://www.mediasite.co.jp/
(アクセス確認日:2023.04.25)
[5] 文部科学省,制度・教育改革ワーキンググループ(第18回)配布資料,“資料6大学における多様なメディアを高度に利用した授業について”
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409011_6.pdf
(アクセス確認日:2023.04.25)
[6] “ぐんまプログラミングアワード”
https://gp-award.jp/
(アクセス確認日:2023.04.25)
[7] 学外者向けオンデマンド教材配信システム,“G-MOOCs”
https://expert.idsc-gunma.jp
(アクセス確認日:2023.04.25)
[8] 総合動画プラットフォーム,“kaltura”
https://corp.kaltura.com/
(アクセス確認日:2023.04.25)

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