数理・データサイエンス・AI教育の紹介

ものづくり技術者のための
『GIKADAI 数理データサイエンスAI教育プログラム』

後藤 仁志(豊橋技術科学大学 IT活用教育センター長)

1.はじめに

 本学の特色は、『技術科学』を中心に据えた教育と研究にあり、「新しい技術を開発するために必要な科学を追求」することが、本学の基本理念となっています[注1]。また、全国の高等専門学校、「高専」から編入する学生が多いことも本学の特徴の一つで、全学生の約70%が高専出身者です。高専でものづくり技術を学んだ彼らは、本学で学部3年次に編入学し、大学院前期課程を修了するまでの4年間で、ものづくりに必要なさらに高度な知識とスキルを修得し、優れた技術者や研究者として巣立っていきます。本学には、5つの主要な学系分野として、機械工学系、電気・電子情報工学系、情報・知能工学系、応用化学・生命工学系、建築・都市システム学系が設置されており、これらの分野はそれぞれ2つから4つの専門コースに分かれています。各学系に所属する学生は自分の関心や目標に合わせて、専門コースを選択することができます。本稿で取り上げる『GIKADAI 数理データサイエンスAI教育プログラム』(以下、「本プログラム」)は、どの学系に所属する学生でも受講できる分野融合の共通プログラムとして実施されています[1]
 「ものづくり」というと、本学の場合、ロボット開発、半導体製造、機能性材料探索などのハード面が注目されがちですがが、コロナ禍以前から、ものづくり技術者のためのICT基礎教育を実践し、ものづくりのソフト面の強化を図ってきました。また、2018年度には数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム(第1期)[注2]の協力校として活動し、2020年度からはデータ科学をものづくり技術に展開できる人材の育成する本プログラムを実施してきたところです[1]。そして2022度、本プログラムは文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」(以下、「MDASH認定制度」)[2]の「リテラシー」、「リテラシープラス」、および「応用基礎」レベルに認定され、現在、全国の高専と連携した地域DX人材育成のための技術科学教育として、新たな取組みを始めたところです。本稿では、本プログラムを中心に、本学が取り組む特色ある技術科学教育について紹介いたします。

2.本学の数理・データサイエンス・AI教育

(1)基本方針

 本学の数理・データサイエンス・AI教育は、データ科学をものづくりの研究開発に定着させることを目標として、リテラシーレベルからエキスパートレベルまでシームレスに学べるカリキュラム体系を実現することを基本方針としています(図1)。これは、ものづくりのための技術科学を深化・高度化を図るとともに、これを基盤に高専や他大学、地域社会との連携をさらに強化することで、我が国の高度デジタル人材の育成に貢献することを目指しています。

図1 GIKADAI 数理・データサイエンス・AI教育プログラムの全体像

 本学は理工学系単科大学であるため、総合大学のような学部間調整の難しさはありませんが、高専との接続を考慮した密な教育カリキュラムの中に、最新のデータ科学やAI技術を加えるためには、数多くの科目のシラバスを改めて精査し、担当教員との密な連携と調整が必要でした。以下、その概要を紹介することにします。

(2)リテラシーレベルの特徴

 前述したように、本学は学部3年次に多くの編入学生を高専から受け入れており、その高専においても、数理・データサイエンス・AI教育プログラムが実施されています。特に、リテラシーレベルに関しては、すでに多くの高専がMDASH認定を受けており、今後、すべての高専が認定される予定です。したがって、彼らと学部3年次に合流する学部1年次入学の本学生に対しても、高専で実施される内容とほぼ同等か、それ以上の内容を提供する必要があります。
 本学生は学部1、2年次にどのようなリテラシーレベルのデータ科学やAI技術を学べばよいのか。筆者等は次のような目標を設定することにしました。

① 学部1、2年生の一般基礎科目と専門科目を通じて、ものづくりに関わる数理・DS・AI技術への包括的な理解を深める

② 応用基礎レベルにつながる数理・DS・AI技術の修得に求められる基礎的素養を身につける

③ 情報やデータの特性や公共性・プライバシー保護等の課題を理解し、情報・データ利活用、規範・倫理について理解できるようになる

 リテラシーレベルの指定科目とモデルカリキュラムの対応を図2に示します。目標1にあるように、既設の5科目8.5単位でリテラシーレベルのモデルカリキュラムを構成しています。新たな科目を開講しなかったのは、目標3に相当する情報リテラシーの内容を、かなり前から開講していた共通科目「ICT基礎(2)」(カッコ内は当該科目の単位数)で網羅していたためです、ただし、その内容を毎年更新していたとは言え、実際のところ最新のAI技術やその動向まではフォローできていなかったため、工学分野を幅広く扱う「工学概論(2)」の中で不足分を扱うことにしました。また、微分積分や線形代数は必修科目であるのに対して、「確率・統計(1.5)」が選択科目であることから、データ科学の基礎的素養(目標2)として本プログラムの指定科目としました。

図2 リテラシーレベルの科目構成とモデルカリキュラムとの対応表

(3)リテラシープラス認定の要因

 本学のリテラシーレベルはプラス認定を受けることができました。その要因の一つは「理工学実験(1)」と「プロジェクト研究(2)」にあります。1年次必修科目である理工学実験では、各学系分野に複数用意された11テーマの中から2つのテーマを学生が選択できるPBL型実習科目です。ここでは、各分野に適した実験データ等の取り扱い、統計分析・解析、表記・表現方法等をテーマ毎に適した内容を学ぶことができます。また、2年次後期の必修科目であるプロジェクト研究では、所属学系の希望する研究室に一時配属され、プレ卒業研究を行い、実データの取り扱い方や分析手法を実践的に学ぶことができます。編入学してくる高専生は本科5年生で卒業研究を経験しており、同時期に、専門性の高い実践的な実習(プレ卒業研究のこと)に取り組む経験は、これからより高いレベルにステップアップするためのモチベーション向上のためにとても良い機会になっています。また、両科目は学生の受講満足度がとても高く、5段階評価で理工学実験は4.6、プロジェクト研究は4.52の高評価を得ています(令和4年度授業アンケート)。
 このように、本学のリテラシーレベルには実践的な内容が多く含まれていることが、プラス認定を受けることができた理由の一つです。ただし、こうしたきめ細やかな少人数教育が実施できるのは、本学の学部1年次の入学定員がわずか80名しかいないことや、学部4年次の卒業研究発表会が12月に開催されるなど、他大学とは異なる学年暦であることが鍵になっています。
 プラス認定のもう一つの要因は、学部3、4年次に開講される本プログラムの応用基礎レベルで指定される2科目のうちの一つを、2つの学系(電気・電子情報工学系と情報・知能工学系)の学生だけですが、学部2年次後期に先取科目「数理・データサイエンス演習基礎(1)」として受講できるようにしたことです。詳細は後述しますが、この科目を修得することで、Pythonと機械学習のためのプラットフォームを動かすところまで修得できるように設計されています。

(4)本学の応用基礎レベルの特徴

 本プログラムの応用基礎レベルは、次のような目標を掲げています。

① 専門分野(卒業研究)において実践的に利活用できる機械学習・AIの知識とスキルを修得する

② 数理・データサイエンス・AI技術を使って新たな価値を創出するものづくり研究に取り組むことができる

③ データサイエンティストとして必要なPythonプログラミングの基礎を身につける

 応用基礎レベルの指定科目とモデルカリキュラムの対応を図3に示します。たった2科目で構成していることに驚かれるかもしれません。

図3 応用基礎レベルの科目構成とモデルカリキュラムとの対応表

 本学の応用基礎レベルのカリキュラムを設計する上で重視したことの一つは、卒業研究に間に合わせることです。データ科学は分野を問わず研究の基礎を担うことは当然のことですが、AI技術については、ほとんどの卒業研究テーマでは関係ない技術かもしれません。しかし、Pythonを主たる言語として、スクリプトベースのプログラミングで試行する最新の機械学習プラットフォームを使用する体験は、昨今の社会動向を考えれば、就職活動や社会人技術者・研究者としてのキャリアに有利に働くことは明らかです。そして何よりも、データ科学とAI技術で何ができるのかを実践から理解を深めることこそが、技術科学をさらに深化・高度化させ、新時代のものづくりにつながっていくはずです。
 こうした信念のもと、密なカリキュラムを再調整し、学部3年次後期に「データサイエンス演習基礎(1)」、学部4年次前期に「データサイエンス演習応用(1)」を開講しています。前者は一部の学系所属の学部2年次に受講できる先取科目です。どちらも演習科目であるため2科目で2単位ですが、15回×2科目で応用基礎レベルとして必要な内容は網羅できていると考えています。しかし、修得する上で十分な授業時間数とは言えず、何らかの工夫が必要でした。

(5)本学オリジナル教材

 必要な内容は網羅しているが、十分な授業時間を確保できないという課題の解決には、学生の自学自修力に頼るしかありません。そのためには、効率的に学べるように工夫されたテキストと、迷わずに学び進むためのガイドとなる解説ビデオがあれば効果的です。そこで、同じ課題を抱える社会人研修などを手掛ける⑭キカガク[3]に協力をお願いし、本学オリジナル教材を開発しました。データサイエンス演習基礎で使用している教材TK Basicシリーズの学習テーマを表1に、データサイエンス演習応用のTK Advanceシリーズを表2に示します。具体的な内容は、「GIKADAI数理・データサイエンス・AI教育プログラム」のウェブページ[1]を参照してください。

表1 データサイエンス演習基礎で使われる
教材の学習テーマ(TK Basicシリーズ)
表2 データサイエンス演習応用で使われる
教材の学習テーマ(TK Advanceシリーズ)

 本学オリジナル教材は、Jupyter Notebook形式の自学演習型デジタル教科書と解説ビデオで構成されています。デジタル教科書は、各自のPCに実行環境を整備するか、Google Colabo[4]を利用すれば、コマンドやプログラムを入力するとその結果がインタラクティブに表示され、多くの学生の興味を引くような仕組みになっています。Moodleなどの学習管理システムを使ったオンデマンド型授業でも教育効果を維持できることが十分に期待できます。こうした特徴は、新型コロナウイルスのパンデミックが起こる前に設計したものですが、コロナ禍においても、高いレベルの教育を速やかに提供することに大いに貢献しました。特に、デジタル教科書と解説ビデオの組合せは自習時に最適であり、自分のペースでいつでもどこでも学べるオンデマンドの利点が最大限に発揮されたことは、授業アンケートの分析からも明らでした[5]

(6)実施体制

 急速に発達するAI技術を教育するためには、プログラムと教材の改善は必須となります。本学では、他の教育プログラムと同様に、教学担当理事・副学長が組織する教育戦略本部の下に本プログラムの推進室を設置し、カリキュラム設計や実施内容の検証を行っています。また、2020年度に新設されたIT活用教育センターでは、本プログラムを推進するとともに、授業担当の教員と連携して教育と教材の質の向上に努めています(図4)。全学生を対象とし、教育と研究の両方に大きな影響を及ぼす本プログラムを推進していくためには、こうした強い実施体制が必要です。

図4 本プログラムの実施体制

(7)学外連携

 本学オリジナル教材は、近隣の大学や企業の協力を得て開発してきました。例えば、私立大経営学系の学生や製造業系企業の技術者からは有用であると高く評価される一方で、文系の学生には数学的内容が難しいと感じるなど、様々なご意見が寄せられました。こうして得られた知見は、今後の教材の改善に利活用していきます。
 現在は、eラーニング高等教育連携(eHELP)[6]を通じて、単位互換協定を締結した高専や他大学に向けて、学内で実施しているデータサイエンス演習基礎を配信しています。また、来年度からはデータサイエンス演習応用も配信する予定で、MDASH認定の応用基礎レベルの講義を、リモートで受講できるようになります。

3.今後の展開

 本稿では、「GIKADAI数理・データサイエンス・AI教育プログラム」について概説してきました。本プログラムの学習テーマの内容[1]を見れば、データ科学を学んでみよう、AI技術に関心を持とうなどのリテラシー的な側面だけでなく、データ科学もAI技術もどちらも使いこなして研究開発に応用しようというところまで想定し、少なくともその入り口まで手を携えて導いてくれる、そんなオリジナル教材になっていると確信しています。
 今後の展開について、検討段階ではありますが、いくつか紹介します。
 一つは、基本方針に示したように、リテラシーレベルからシームレスにつながるエキスパートレベルのカリキュラムを新たに開発することです。エキスパートレベルとなると、かなり専門性が高くなるため、例えば、最新の機械学習モデルやAI技術の開発などに向けた教育が考えられます。しかし、ものづくりに軸足を置いて考えると、IoTセンシングとクラウド環境を利用したAIシステムの開発などが重要になっています。本学では、昨年から農業とIoT・クラウド技術を組み合わせたアグリテック人材育成のための教材開発を進めており、これを他分野に展開したクロステック教育教材の開発に取組み始めています。
 また、大学DXの一環として教育DXに注目が集まっており、その主な取組みの一つが学修解析です。本学では、本プログラムの受講者を対象に授業アンケートと学修データの分析を行い、すでにいくつか興味深い結果が出ています。まだ試行段階であるため、本稿では紹介しませんでしたが、本学主催のワークショップなどで一部報告しています[5]。とても興味深い分析結果であり、教育改善に向けて参考になる知見が得られています。
 もう一つ、高専教員と連携して、応用基礎レベルの共同授業の開講を検討しています。前述したeHELPを通じて配信している本学オリジナル教材を、各高専の対面授業に利活用することで、オンデマンド型遠隔授業では難しい、きめ細やかなフォローが可能になります。すでに認定を受けた本プログラムと同等な内容を開講することから、同じ応用基礎レベルの認定を受けられることが十分に期待できます。高専だけでなく、私立理工学系学科にも最適ですので、ご興味があればご連絡ください。
 最後になりますが、本稿の内容が、未だMDASH認定を受けていない大学や学部で担当者として奮闘されている教員の皆様の一助になれば幸いです。

注釈
[注1] 「科学と技術」を意味する「科学技術」の誤用ではなく,「○○科学」という学問の一つとして理解しています。
[注2] 現在は東海ブロック会員校として活動中です。東京大学,「数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム」,http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/(2023年6月1日確認)
参考情報および関連URL
[1] 豊橋技術科学大学IT活用教育センター,「GIKADAI 数理データサイエンスAI教育プログラム」,
https://cite.tut.ac.jp/program-series/mdash
[2] 文部科学省高等教育局専門教育課,「数理・データサイエンス・AI教育認定制度」,
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00001.htm
(2023年6月1日確認)
[3] 株式会社キカガク:DX・AI・データサイエンス研修,https://www.kikagaku.co.jp/(2023年6月1日確認)
[4] Google Colaboratory,
https://colab.research.google.com/(2023年6月1日確認)
[5] 原田耕治,「GIKADAI 数理・データサイエンス・AI教育プログラムの紹介と取り組み状況について」,第2回GIKADAI-数理・DS・AIワークショップ,2023年3月2日,オンライン
https://cite.tut.ac.jp/column/20230324workshop
(2023年6月1日確認)
[6] 豊橋技術科学大学IT活用教育センター,
「eHELP:eラーニング高等教育連携に係る遠隔教育による単位互換制度」,
https://cite.tut.ac.jp/program-series/ehelp

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