特集 生成系AIへの対応

ChatGPTと自力英語を適切に使い分け、
これまでにない発信活動を

山中  司(立命館大学 生命科学部教授)

1.はじめに

 ChatGPTが教育の世界を席巻しています。筆者ら本学の研究グループは比較的早い段階で、生成AIによる大学英語教育の可能性に着目し、新しい形の授業実践に取り組んできました。もちろんChatGPTの英語教育への導入については賛否両論あることはよく分かっています。またある程度評価が定まらないうちは、大きな動きには出にくい教育特有の保守的な事情もあると思います。こうした中、どういった事情で筆者らはChatGPTの積極導入に踏み切ったのか、まずはこの辺りの事情から説明させてもらおうと思います。

(1)AIとの共存は不可避という共通認識

 ChatGPTの教育への導入をめぐっては、一つの象徴的な事例があると思っています。それは米ニューヨーク市教育局のChatGPT使用に関する顛末です[1]。ChatGPTが世の中に出てきたのは2022年の末ですが、2023年の1月には、早々とChatGPTの原則使用禁止の方針を打ち出しました。その理由は「批判的思考力や問題解決能力を育てることはできない」というものであり、もちろん一定理解できる考え方だと思います。ところが同教育局は一転して、2023年の5月に禁止措置を撤回し、適切に活用する方針へと転換してしまったのです。実質180度の方針転換であり、改めるべきは直ちに改めるプラグマティズムの国だなと羨ましくも思いましたが、その最大の理由こそ「学生が生成AIを理解することが将来重要になるという現実を見逃していた」という教育局長が指摘した点でした。
 時を前後して、文部科学省も各大学・高専に向けて、ChatGPTなどの生成AIの取り扱いにおけるガイドラインを示しました[2]。くしくもそこで使われていた文言も「生成AIは、今後さらに発展し社会で当たり前に使われるようになることが想定されるという視座に立ち」といった表現でした。つまりこれらに横たわる認識とは、生成AIの功罪のどちらかに軍配を上げるというよりも、今後こうしたAIとの共存は避けられないことを全面的に受け入れ、教育機関として、次世代の若者に対しそれらをうまく使いこなせるよう適切に教育することは善であり、不可避であるという理解です。筆者らは、俗に言う「AI活用推進派」なのかもしれませんが、実はこうした社会の潮流にかなり助けられたと思っています。同じことが3年前だったらどうだったかと問われれば、極めて難しかったかもしれません。

(2)教育に生成AIを取り入れることのハードル

 とは言え、ビジネス一般にChatGPTを取り入れることと、教育の中でAIを活用することは質が異なり、後者はより慎重にならなければいけません。というのも、教育機関である限り、単なるChatGPTのハウツーに終始するようなものではダメで、あくまで追求されるべき理想は、ChatGPTを導入しなかった場合に比べ、学習者に対するより高い学習効果が得られたり、到達や習熟の度合いが高まったりすることです。つまり英語教育で言うならば、ChatGPTを取り入れた授業の方が、学生の英語力が向上するべきであり、間違っても単に楽をしたり、ズルをしたりするためだけに使われることは決してあってはならないということです。

2.自力とChatGPTの使い分け授業の実践

 こうした中で筆者らが行ったのは、英作文の自力と機械翻訳、ChatGPTの使い分けを行う授業でした。これは、筆者らが本学の生命科学部・薬学における英語カリキュラム「プロジェクト発信型英語プログラム」にて試行的に導入したもので、2023年度春学期に筆者が受け持つクラスを中心に実施しました。
 筆者が英語にしにくい日本語の文を複数用意し、クラスの学生に分担し、まずは自力で英訳に取り組んでもらいました。その後、筆者らの研究グループで開発したTRANSABLEというウェブソフトウェアを使い、同じ日本文をDeepLを使って英訳したもの、さらにChatGPTを使った英訳してもらいました。授業ではそれらをクラスメート同士でクイズ形式にして当て合い、最後に一人ひとりが気づいたことや感想を皆の前で発表してもらいました。なお本件については既にいくつか報道がされていますので、実際に出てきた英文などの例示はそちらに譲りたいと思います[3][4][5]。本稿では実践から得られた含意を主にまとめます。
 DeepLもChatGPTも、大規模言語モデルに基づく最新のAIテクノロジーです。それらが参照するデータベースは膨大な母語話者によるテキストデータであり、第二言語学習者では逆立しても敵わないレベルの出力をしてくれます。もはやこれらAIは、かつてのような誤訳頻出の、不自然でぎこちない出力結果ではなく、good modelとして、そこから学べるだけの高いレベルの訳出を返してくれます。学生たちはその高い性能を十分理解したようであり、自分では想像もつかないレベルの言い回しに学びを感じていたようです。
 しかしポイントはそこではありません。学生たちは、こうした高い精度を持つAIテクノロジーに驚きながらも、だからといって直ちに自力による英語の産出で白旗をあげたわけではなかったのです。
 ChatGPTは確かに高度な出力を返してくれます。しかもプロンプトを対話を通して変えていくことでメタ情報の操作が可能であり、もっと難しく、もっと長く、もっと学術的に…などと出力結果をチューニングすることも朝飯前です。これらはあたかも薔薇色の未来を約束し、私たち人間による表現はもはや必要ないように思えてしまいます。しかしそうではないのです。
 具体的に述べましょう。ChatGPTの英語出力は概して小難しく、あまりにも普通の大学生が考え出すような英語のレベルを逸しています。いずれこうしたモデルから学び、自分の英語として使っていくことを考えても、そのまま使うにはあまりにもレベルが高過ぎ、適切なダウングレードは不可欠です。なおChatGPTの出力のレベルを下げることは決してネガティブな意味ではありません。自分事化した英語を使っていく上ではとても重要であり、適切にAIと自力を使い分ける能力の伸長こそが有意義なのです。その意味では自力による英語も意外にも負けていませんでした。分かりやすくて馴染みがあるという点では十分過ぎるメリットがありますし、AIによるgood modelをうまく取り込むことで、ヴィゴツキーのZPD(Zone of Proximal Development: 最近接発達領域)に基づく、適切にスキャフォールドされた効果的な学びを、24時間365日実現できる可能性も見えてきました。

3.おわりに

 ここに述べたことは、今後教育的な効果が実証されなければなりません。その意味で、本稿はあくまで提示的なものに止まります。今後も、新しい教育の可能性を野心的に追求したいと考える所存です。

参考文献および関連URL
[1] 「生成AI指針案 新技術の功罪、割れる賛否 児童生徒利用には懸念も【表層深層】」共同通信/あなたの静岡新聞(2023年6月23日)
https://www.at-s.com/news/article/national/1263979.html
[2] 文部科学省「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて」(2023年7月13日)
https://www.mext.go.jp/content/20230714-mxt_senmon01-000030762_1.pdf
[3] (取材記事)「【革命】ChatGPTが「日本の英語教育」を変える」NewsPicks(2023年7月20日)
https://newspicks.com/news/8681433/body/
[4] (取材記事)「[Yahooニュース転載] 立命館大2学部、チャットGPTで英作文の授業の狙いは? 学生とAIの力の差が鍵に〈AERA〉」Yahooニュース(2023年7月17日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/b372444e4995d9ac5db7c8619f5c14cf6fa80be815
[5] (取材記事)「ChatGPTと人間の差、英訳で学ぶ 院生の「楽したい」きっかけ」朝日新聞デジタル(2023年5月8日)
https://www.asahi.com/articles/ASR585CJ9R4XPLBJ001.html

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