数理・データサイエンス・AI教育の紹介

電気通信大学における実践型UEC
データサイエンティスト養成プログラム[1]

西野 哲朗(電気通信大学大学院 情報理工学研究科教授・データ教育センター長)

1.はじめに

 数年前から、文部科学省「数理・データサイエンス・AI」プログラム認定制度が開始されました。各大学は複数の講義からなるカリキュラムを提出し、文科省のモデルカリキュラムで設定されている内容を満たしていれば、認定を受けることができます。
 現在は、基礎的な「リテラシーレベル」と、応用寄りの「応用基礎レベル」の2つのレベルがあります。電気通信大学(以下、本学)は、昨年、「応用基礎レベルプラス」の認定を受けました。この「プラス」の認定を受けるのは、「先導的で独自の工夫・特色を有する」教育プログラムであるとのことです。
 このようにデータサイエンス教育が振興される背景には、データサイエンティスト育成において米国に後れを取った状況があります。本来であれば米国に早く追いつくためにも、最高レベル(エキスパートレベル)の人材養成が急務なのですが、今はデータサイエンス教育を担当する教員が足りないという問題があり、教員養成を優先させる状況になっているようです。
 一方、本学ではいち早く、全学でのデータサイエンス教育を実施してきました。2015年度にデータサイエンティストの養成講座(データアントレプレナーフェロープログラム:略称DEFP)を開始し、大学院生と社会人を対象とした高度人材の養成を行ってきました。
 DEFPはデータ関連人材育成事業として、文部科学省の助成を受けて実施されています。この事業には、本学のほか4大学(早稲田大学、大阪大学、東京医科歯科大学、北海道大学)が採択されています。本学はデータサイエンス関連の教員が多いという特色を活かした、データサイエンティスト養成プログラムを実施してきました。DEFPの1学年は40名で、毎年、本学や他大学の大学院生と、参画企業の社員がほぼ半数ずつくらい受講しています。
 DEFPの前半では基礎科目をeラーニングで受講してもらい、後半では対面講義で、pythonによる不動産や金融関係のデータ分析に取り組んでもらいます。さらに、日本人のKaggle MasterやGrand Masterに、Kaggle(カグル)におけるデータ分析の実際について講義してもらい、教科書からは学べないデータ分析のノウハウを習得してもらいます。
 さらにグループワークとして、参画企業の実データを素材としたデータ分析演習を行います。参画企業の協力により、受講生4〜5名に対して、企業で活躍するデータサイエンティスト1名が加わりグループワークを行います。学生が、企業の現場を知るのには大変良い演習となっています。また、DEFPの学修目標のひとつに、「デザイン思考」を習得することがあり、スタンフォード大学周辺で構築されたアイデア出しの方法論も学んでもらいます。DEFPは他のデータサイエンス教育プログラムと比較して、ワークショップなどのPBLが多いため、受講生からの評判も良いようです。
 本学では、DEFPのノウハウを活かし、独自にエキスパートレベルの教育プログラムを立ち上げました。すでに新聞報道もされましたが、この4月から、「エキスパートレベル」(大学院レベル)となる6年一貫教育の「デザイン思考・データサイエンスプログラム」(略称:Dx2プログラム)を開設しました。[2][3]
 デンツー・プログラムでは、現在、大学院修士1年生5名と学域(学部)1年生(プログラム分けは2年次後半から)が学んでいます。デンツー・プログラムの開設は、大学の学部新設ではなく内部の組織改編なので、あまり目立ちませんが、本プログラムについては産業界などからも大きな関心が寄せられております。

2.本学のデータサイエンス教育

 本学は情報理工系の国立大学です。一昨年、スーパーコンピュータの性能を超える量子コンピュータとAI(人工知能)を融合する「量子×AI」教育を全学の重点テーマとすることが新聞報道され、そのネット記事が月間閲覧数第1位になるなど大きな反響が寄せられました。
 本学が学域の全学生に対して実施している「実践型UECデータサイエンティスト養成プログラム」は、「AIを創る人材」と「AIを使いこなす人材」を育成する教育を実践しています。本プログラムは、座学だけからでは得られない、実社会で活用できるスキルを身に付けることを特色としてる「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」です。
 このプログラムでは、高度コミュニケーション社会において、日常生活や仕事の場で、データを使いこなすことができる素養の修得を目標としています。さらに、修得した数理・データサイエンス・AIに関する知識や技能をもとに、データを取り扱う際には、人間中心の適切な判断を行うことができ、自らの意志でAIを利活用できるようになることを学修目標としています。
 具体的には、図書館など学内施設で収集したデータや、データ関連人材育成プログラム参加企業から提供されたビッグデータを活用したデータサイエンス教育を実践しています。また、サイバーセキュリティ推進校として、データ分析と関係した情報セキュリティ教育の学内外での普及にも取り組んでいます。
 本プログラムは、文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」の「応用基礎レベル」に認定されました。また、認定された教育プログラムの中から、先導的で独自の工夫・特色を有するものが、「応用基礎レベルプラス」として9件選定されましたが、本プログラムも「応用基礎レベルプラス」に認定されました。その選定理由は、本プログラムでは「国際的なコンペティションサイトKaggleを最大限に活用し、学生のスキルレベルを考慮しつつ産業界における具体的な課題を授業に取り入れる取組み」を行っていることが高く評価されたことです。
 応用基礎レベルは「実務や研究でデータサイエンスを活用できるレベル」ですが、その中で「応用基礎レベルプラス」の認定を受けた国立大学は全国で4大学(北海道大、東北大、九州大、本学)のみです。本プログラムで指定された科目を履修した学生には、「応用基礎レベルプラス」のオープンバッジが発行されます。現状では、学域での必修科目に加えて、選択科目(「データサイエンス演習」)を1科目だけを単位取得すれば、「応用基礎レベルプラス」の資格認定が得られます。学域生1学年の定員750名のうち、毎年500名程度の資格取得者を輩出することを目標としています。このオープンバッジは、就職活動の際に資格証明として活用しやすいものです。
 情報理工学域の全1学年生(約750名)がこのプログラムを履修する場合には、特別な手続きは不要で、通常どおりの履修登録をすることで受講できます。修了要件とプログラムの授業科目の詳細は、表1の通りです。

表1 本学・実践型UECデータサイエンティスト養成プログラムの授業科目

 本プログラムの具体的な修了要件は、以下の①および②の2つの修了要件を満たすことです。

① 学域Ⅰ類では、科目a,c,e,g,h,lを必修科目として単位取得、Ⅱ類では、科目a,c,f,g,i,lを必修科目として単位取得、Ⅲ類では、科目a,c,f,g,j,lを必修科目として単位取得、先端工学基礎課程では、科目b,d,f,g,k,lを必修科目として単位取得すること。

② 「データサイエンス演習」を単位取得すること。

3.実施体制

 本学は、情報理工学域(学部)が情報系Ⅰ類、融合系Ⅱ類、理工系Ⅲ類の3つの類から構成された大学です。本学のデータサイエンス教育は、AIを創る人材(Ⅰ類)と使う人材(Ⅱ・Ⅲ類)の両者を育成する教育プログラムであり、座学では終わらない実社会で活用できるスキルを修得させることを特色としています。現在、文科省からは「大学でのデータサイエンス教育」の推進が求められていますが、実は大学には「リアルなビッグデータを保持していない」という問題があります。本学ではビッグデータ活用の実験的体験を行うべく、AI図書館Agora(写真1参照)などの学内施設でAIによるデータ収集を行っています。さらにデータ関連人材育成プログラム参加企業からの提供データを活用したデータサイエンス教育を実践しています。

写真1 AI図書館Agora

 以上のようなデータサイエンス教育の実施組織として、「データ教育センター」[4]を昨年10月に設置し、図1に示すようなデータサイエンス教育を実施しています。

図1 本学のデータサイエンス教育

4.授業科目の紹介

(1)「総合コミュニケーション科学」

 「総合コミュニケーション科学」は、学域2年生の全員(約750名)が、数理・AI・データサイエンスの基礎を学ぶための講義です。学部2年生全員が前期に、量子AIの基本概念やプログラミング言語「python」(パイソン)の基礎を学ぶ入門編の授業です。具体的には、以下の内容で授業が行われます。

  • 第1回
ガイダンス
  • 第2〜4回
量子力学の基礎(量子コンピュータや量子暗号の基礎)
  • 第5〜12回
データサイエンスの基礎(pythonによるデータ分析入門)
  • 第13〜15回
人工知能の基礎(深層学習、自然言語処理、ゲーム情報学)

 この授業の後に、データサイエンスの国際コンペティションサイトKaggleへの挑戦を後押しし、学生時代から具体的な事例に馴染んでもらうことを目標としています。これは本学の新しい取組みとして、新聞でも報道されました。

(2)データサイエンス演習

 データサイエンスの国際コンペティションサイトKaggleは、株価や企業データの分析などについて、具体的な課題の分析結果を投稿すると、その結果が世界で第何位の精度なのかの順位がつきます。サイトには、世界チャンピオン相当(Kaggle Master)のプログラムも公開されているので、学生が自身の作ったプログラムと比較することが可能です。その結果、自分の作ったプログラムがKaggle Masterのものとそれほど違わないことに気付くことも多々あるようです。プログラミングにおける自身の実力を知る良い機会が得られるので、学生のうちからKaggleにチャレンジすることで、世界で戦えるメンタリティを養うことができます。
 デンツー・プログラムでは実務家教員として、データサイエンティスト3名を新たに採用します。(1名は、すでに着任しております。)Kaggleでは、金融機関での顧客の与信算定など、企業から依頼されたデータ分析の課題について、提供されたデータをもとにした分析結果が投稿されます。その際、精度の高い投稿者には金メダル相当のKaggle Grand Masterや、銀メダル相当のKaggle Masterの称号が授与され、さらに、賞金が支払われる場合もあります。Kaggleは世界中のデータサイエンティストの登竜門です。本学で採用した実務家教員の中にもKaggle Master獲得者がおりますので、学生は在学中からKaggle Master獲得を目指して学ぶことができます。また、DEFPで連携する企業からは、実データを教材としてご提供いただける場合もありますので、実データを用いた分析の演習が行えることも本学の強みとなっています。

5.新教育プログラムの開設

 本年4月に新設されたデンツー・プログラム(図2参照)では、学域3年生に対しては国内企業で、大学院修士1年生に対しては海外企業でインターンシップを実施します。いずれの場合も、インターンシップは、データサイエンス関連企業で行います。この4月に入学した修士1年生は、アメリカやインドネシアの企業で、8月上旬から1ケ月程度、インターンシップを行いました。

図2 デザイン思考・データサイエンスプログラム(略称:Dx2プログラム)

 データサイエンスの実践的な学びにおいては、マインドの醸成が不可欠です。そこで、実社会で活躍する業界人の声を直接聞き、議論の場を通じてスキルを身に付けるために、今夏から合宿形式のブートキャンプも実施しています。実務家教員と終日議論を重ねることで、学生はデザイン思考に基づく設計や実装が行えるように、実践的な学びを進めていきます。
 最近、ChatGPTなどの生成AIツールが注目されていますが、ChatGPTなどのニューラルネットワークの研究は未だ発展途上です。AIが学習で使用するインターネット上の情報の著作権許諾の問題や、AIが生成した誤情報による損害の賠償問題など、未解決の問題が山積する中で社会実装が行われています。これまでもAI兵器の使用などに関しては、倫理上の問題に関する議論が行われてきましたが、未だ明確な答えが得られていない状況ですので、学生に対しては、技術ばかりでなく倫理観を養う教育も重要と考えています。その意味から、ブートキャンプでは、座学ではなく、直接対話から学ぶことの重要性を知ってほしいと考えています。
 一方、「総合コミュニケーション科学」では、データサイエンティストの倫理問題として、著作権についてエピソードを交えて解説しています。データ教育センターでは、「生成AIの研究・教育での活用に向けた情報リテラシー教育」をどのように行うかについて、現在検討中です。「AIを創り、AIを使い、AIを超える」ことを、本学では、AI・DS教育の基本としております。ですので、

 ような素地を、全学生に対して教育していきたいと考えています。そこで、具体的には、学域2年・前期の必修科目である「総合コミュニケーション科学」の中で、AI関連の話題として、上記の内容を講義したいと考えているところです。

6.おわりに

 他大学でもお使いいただける教育教材の提供も考えて、学術図書出版から、「量子AI・データサイエンス叢書」を順次刊行しています。既刊は、「実践・マーケティングデータサイエンス」[5]です。今後は、文科系の方向けの平易なテキストも刊行していく予定です。
 企業ではデータサイエンス人材のニーズが依然として高いため、リカレント教育としてデータサイエンスを学べるプログラムを立ち上げ、2022年から募集を開始しています。DEFPで培ったノウハウを活かした、学部卒の社会人の方を対象とする教育プログラムです。
 ここ数年の本学のデータサイエンス教育に対する、高校の先生方からの反響の大きさに驚きました。埼玉県教育委員会からは高校の先生向けのデータサイエンス講座をご依頼いただき、「データサイエンスとは何か?」から学ぶ基礎的なビデオ講座を制作しました。その後はさらに熊谷高校から反響があり、データサイエンスに興味のある高校生向けの体験授業を現在企画しているところです。
 今後も、このような社会との連携を強化しながら、本学のデータサイエンス教育をより一層充実させていきたいと考えているところです。

関連URL
[1] 電気通信大学・実践型UECデータサイエンティスト養成プログラム
https://www.uec.ac.jp/education/undergraduate/advanced_literacy/
[2] 電気通信大学「デザイン思考・データサイエンスプログラム」(デンツー(Dx2)・プログラム)
https://dx2.inf.uec.ac.jp/index.html
[3] デンツー・プログラム新設のニュースリリース
https://www.uec.ac.jp/news/announcement/2023/20230901_5601.html
[4] 電気通信大学データ教育センター
https://ds-education.uec.ac.jp/index.html
[5] 学術図書出版「量子AI・データサイエンス叢書」
https://www.gakujutsu.co.jp/product/978-4-7806-1051-2/

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