数理・データサイエンス・AI教育の紹介

長崎大学情報データ科学部における
数理・データサイエンス・AI教育

植木 優夫(長崎大学 情報データ科学部教授)

1.はじめに

 情報データ科学部(以下、本学部)は本学の第10番目の学部として、令和2年度に設立された新しい学部です。本学部は、情報データ科学の基礎を身につけた「自ら考え行動し、成長が期待できる人」、「社会が求める、国や地域にとって宝となるべき人」を養成することを目標とし、情報科学の工学的手法およびデータ科学によるデータの科学的把握により、ビッグデータから新しい知を獲得し、具体的な課題解決につなげられる人財を養成するための教育研究に取り組んでいます。
 本学部は、本学の全学生向けにデータサイエンスのリテラシー教育プログラムを、本学部生向けには応用基礎レベルのデータサイエンス教育プログラム[1]をそれぞれ提供しています。これらは文部科学省の数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(MDASH)[2]により、それぞれリテラシーレベル、応用基礎レベル及び応用基礎レベルプラスの認定を受けました。このような充実した教育を受けた本学部の学生は、「実社会課題解決プロジェクト」(PBL科目:Project Based Learning科目)で30社を超える企業や長崎県・市と様々な課題の解決に取り組み、種々の社会的提案がコンテストで優勝するなど、学びの成果が着実に表れています。さらにタイやインドとの学生・教員の相互派遣による国際交流も活発化しています。
 本稿の構成は以下の通りです。まず「2.」では、情報データ科学部における応用基礎レベルの教育プログラム「データサイエンス応用基礎教育プログラム」[1]の概要を紹介します。次に「3.」では、本教育プログラムを構成する特長的な科目を具体的に紹介します。また、文部科学省の数理・データサイエンス・AI教育リテラシーレベルに認定されている全学向けの教育プログラム「データサイエンス・統計リテラシー教育プログラム」についても紹介します。さらに「4.」では、「データサイエンス応用基礎教育プログラム」が応用基礎レベルプラスの認定理由とされた「長崎振興のための政策提言」、「地域の企業の共同企画」、「社会人向け講座の開催」、「インドやタイの大学との連携」、「オンデマンド教材の配置」、「受講生の取組み状況の分析」について紹介し、最後に本学部の「エキスパート人材の育成」について紹介します。

2.「データサイエンス応用基礎教育プログラム」について

 本学部は、工学部の情報工学コースが独立し、そこにデータサイエンス分野が加わって設立されました。本学部の学生は、1年次で基礎を学んだ後、2年次からデータサイエンスコースまたはインフォメーションサイエンスコースのいずれか一方のコースを選択します。本学部の「データサイエンス応用基礎教育プログラム」は、データサイエンスコースの必修科目で構成されています。データを用いて様々な実社会の課題を解決し、新たな価値を生み出すことのできる人材の養成を目指した教育プログラムとして位置付けています。

(1)実施体制

 「データサイエンス応用基礎教育プログラム」は、情報データ科学部長を委員長とした情報データ科学部データサイエンス教育プログラム委員会が実施を担っています。数理・データサイエンス・AI教育プログラムの整備、運用、自己点検、評価等を行う目的で設立されました。当委員会は、情報データ科学部長、教務委員、実社会課題解決プロジェクト(PBL科目)担当教員、そして情報データ科学部のデータサイエンスを専門とする教員数名から構成されます。

(2)プログラム構成

 「データサイエンス応用基礎教育プログラム」は、合計44科目からなるプログラムです。そのうち38科目が必修科目であり、多くの数理・データサイエンス・AI関連科目が含まれます(図1)。この教育プログラムは、4年次からの研究室配属後に研究活動を行っていく上で必要となる基礎を身につけさせ、将来、データサイエンスのエキスパートになれるように構成されたカリキュラムです。

図1 プログラム概要

(3)プログラムの特色

 「データサイエンス応用基礎教育プログラム」では、実際にExcel、R、Pythonなどのプログラムを用いて、データを分析する実演、演習の授業を必修として多く配置しており、座学での授業内容を実際のデータで確認して、理解度が高まる工夫を行っています。さらに、データサイエンスを実社会で活用するために、座学や教員が用意したデータを用いた演習に留まらず、学生主体でデータを探し、課題発表や実社会の課題を解決する授業を必修として設けるなど、実社会でのデータサイエンス活用を認識できる仕組みを取り入れています。実際のデータを扱う実践形式の授業を配置することで、座学や演習で学んだ知識や技術を実践で使う経験を積むことができます。例えば、「数理・データサイエンス」の授業では、課題発表を含むグループ演習を中心とした授業を行っています。また、「実社会課題解決プロジェクト」では、企業が提供する実社会の課題に対して、実データを基に課題を解決する実践型演習の授業です。
 「データサイエンス応用基礎教育プログラム」は、社会でのデータサイエンスの活用を意識させることで学修意欲を高め、社会に出た直後からデータサイエンスを活用できることを目指したカリキュラム構成となっています。また、データサイエンスの基盤である統計学・情報学の基礎的理論も重視しています。これら基礎的事項をきちんと押さえた上で、データサイエンスを実践できる、バランスの取れた人材の輩出を目指したプログラムとなっています。また、本教育プログラムを構成する全ての授業科目は所属するコースにかかわらず全学部生が選択し履修することができます。
 本教育プログラムを修了した学生全員に認定証が発行されます。令和4年度はプログラム修了生が出る最初の年度でした。初年度は学部3年生17名が修了し、西井龍映学部長から修了生に修了証が手渡されました(写真1)。

写真1 修了証授与の様子

 授業の理解度は学生毎に異なるため、新入生研修やティーチングアシスタントを授業に配置することで、先輩受講者への質問を可能としています。確率、統計、微分積分、線形代数、情報学などデータサイエンスの基礎となる重要な内容は、複数の異なる科目で繰り返し説明することで学生の理解度を高めています。受講生の興味関心を引き出すため、社会、観光、医療、生命科学、企業の課題へのデータサイエンスによるアプローチなど、複数の応用分野における数理・データサイエンス・AIの活用について学修できる仕組みを設けています。4年次からの研究室配属では、社会、経済、観光、医療、生命科学、農業、企業活動におけるデータサイエンス、数理・データサイエンス・AIの基礎理論と応用、VR、画像認識、教育工学、など様々な専門分野の教員が在籍しており、学生の興味や関心、キャリアデザインに応じて選択できる体制を整えています。

3.プログラムにおける授業科目について

 ここでは「データサイエンス応用基礎教育プログラム」を構成する授業科目のなかで、特長的な科目をいくつか取り上げて紹介します。

(1)実社会課題解決プロジェクト

 実社会課題解決プロジェクト(PBL科目)は、PBL-A、PBL-B、PBL-C、PBL-Dの4科目から構成されます。PBL-AとPBL-Bは1、2年次の必修科目に設定されており、このPBL科目全体での履修者数は200名を超えます。2020年4月の学部創設以来、情報データ科学部は長崎県内外の30以上の企業・団体からPBLへの協力を得ています。また、課題によっては、学生の希望で長崎県での離島を含むフィールドワークに出かけて、現地調査や現地でのヒアリングを行っています。
 成果の事例として「坂道マップの作成」を紹介いたします。長崎市は坂が多く、高齢者や観光客にやさしくありません。地図測量会社との企画で、実際に長崎の坂道に関して長さや角度、路面状況といったデータをフィールドワークで計測し、デジタル地図に着色することで、坂道マップの情報を表示するアプリを開発しました。このように、PBLを通じて、学生が主体的にデータサイエンスを社会で役立てる経験を積むことができます。

(2)数理・データサイエンス

 「数理・データサイエンス」の授業では、課題発表を含むグループ演習を中心とした授業を行っています。分析手法を座学で学ぶだけでなく、学生が興味を持ちそうなテーマを設定して具体的に解析を行うことで、それまで気付かなかったことに気付くことができるような授業を展開しています。
 例えば、長崎県の市町村における高齢化率と地方税収入の関係を可視化することで、高齢化と地方税収入に負の相関があることだけでなく、高齢化は進んでいないにもかかわらず地方税収入が少ない地域がある、といった意外な発見ができることを示しました。また学生の面白い解析例を授業内で発表させて、データ解析の面白さを共有しています。このように、データサイエンスは、学生たちが身近に感じる事柄に応用可能なものとして、本学部の学生は大いに興味を持って学んでいます。

(3)選択必修科目

 データサイエンスコースの選択必修科目は、医療・生命情報学Ⅰ〜Ⅲと社会・観光情報学Ⅰ〜Ⅲの計6科目です。医療・生命情報学Ⅰ〜Ⅲは、本学の強みである医療・保健分野に蓄積されたデータを用いて、統計学とデータサイエンスを基にした解析を行い、医療支援を行う上で求められる理論や実践方法を学ぶことができます。社会・観光情報学Ⅰ〜Ⅲは、社会・経済におけるデータサイエンスの知識や技術、長崎に訪れる多数の観光客についてのビッグデータを分析する方法を学ぶことができます。

(4)データサイエンス・統計リテラシー教育プログラム

 令和3年度より全学必修科目となった「データサイエンス概論」、「統計学概論」は、情報データ科学部が開発した授業です。両科目はリテラシーレベルのプログラム「データサイエンス・統計リテラシー教育プログラム」を構成する教養教育科目であり、情報データ科学部生を含む本学の全学部生が必修科目として受講します。これらはオンデマンド授業であり、学生は本学の教育支援システム(LMS)であるLACS内に配置された動画コンテンツをいつでも視聴することができます。

4.本学部の特色ある取組み

(1)長崎振興のための政策提言

 令和2年当時、本学部1年生であった、林田昂己さんは、若者と政治を結ぶNPO法人ドットジェイピー未来事業部が主催する「未来国会2020」政策コンテストに水産学部の2名と応募し、長崎を水産業で元気にする政策提言「フグに恋する5秒前〜ぎょ、ぎょぎょう〜」により、全国1,335名・508チームの中で優勝しました。

(2)地域企業との共同企画

 実社会課題解決プロジェクト(PBL科目)において、企業が提供する実社会の課題に対して、実データを基に課題を解決する実践型演習の授業を行っています。この成果報告会において、地域企業が参加し、学生の活動と成果に対して意見をいただき、活動内容をアップデートしています。

(3)社会人向け講座の開催

 本学部では、<社会人向け>IT先端技術応用講座を開催しています。データサイエンス・AIの内容を含んでおり、企業側からデータサイエンス教育に関するフィードバックを受けて内容改善を図っています。

(4)インドの大学との連携

 インドは多くの著名な統計学者を輩出しており、伝統的に統計学・データサイエンスの分野に強みを持つ国です。本学部では、令和3年度にインド統計大学との医療生命科学データサイエンスワークショップ、インドラプラズサ情報工科大学デリー校(IIIT-D)との共同オンラインセミナー「空間計量経済学およびイメージ処理の最前線:欠測データ、因果推論、機械学習」を行いました。2022年4月には、本学部とIIIT-Dとの間で学術交流協定を締結しました。令和3年度には「医療・産業ビッグデータ分野における人工知能(AI)研究のための交流事業」がJSTさくらサイエンスプログラムに採択され、インドのVellore Institute of Technology(VIT)、Council of Scientific and Industrial Research-Central Electronics Engineering Research Institute(CSIR-CEERI)、及びNational Institutes of Technology(NIT)から教員2名、学生6名を情報データ科学部で受け入れました(写真2)。今後、これらの取組みをさらに発展させることで、インドの大学との連携を進めていく予定です。

写真2 さくらサイエンスプログラムでのインドからの訪問

(5)タイの大学との連携

 本学部では令和4年度から、タイの泰日工業大学と手を組み、学部学生トレーニング交流プログラム「PBL DE THAI」を実施しています。日本とタイの大学生が協働し、専門領域における相互の考えや知識等を英語によりシェアする中で、グローバルな感覚を深めるものであり、将来的には、両大学が提供する講義の受講・単位認定に加え、データサイエンス分野の専門領域を深く学ぶことで、国際的な活動に寄与する人材の育成・輩出を目指しています。

(6)オンデマンド教材の配置

 本学では、学生の主体的な学びを確立するために、主体的学習促進支援システムLACS(Learning Assessment & Communication System)と呼ばれる教育支援システム(LMS)を導入しています。LACSは、BlackboardというLMSをベースとして、本学独自の機能を追加したものです。本プログラムを構成する授業科目はLACSによってアクセスログ、小テスト、期末試験等の結果が統一的に管理されており、入学直後からLACSを通じて授業に取り組むことになっています。システムにおける連絡の掲示、学生の大学メールアドレスとも連携したメッセージの送受信、資料掲示、掲示板といった機能のほか、テスト採点・成績表示まで、全てがシステム内で完結しているため、学生がシステム操作や授業資料の場所に混乱する事態を避けることもでき、学生にとって非常に使いやすいものとなっています。教員は、対面による授業やオフィスアワーだけでなく、LACSを通じて授業内容の連絡や学生とのメッセージによるやり取りを行っています。また、授業資料をLACSに蓄積することで、多くの学生が授業を振り返り、学びを繰り返すことができる環境を提供しています。

(7)受講生の取組み状況の分析

 LACSには、受講者ごとの出席状況、課題の提出状況、さらには各授業へのアクセス状況など授業への取組み状況がデータとしてリアルタイムで蓄積されています。LACSを通じて、各科目の担当教員はそれぞれの授業科目への学生の取組み状況を随時知ることができます。また、情報データ科学部教務委員会が中心となって、LACSから定期的に各科目の受講生の取組み状況を調査し、学修状況を把握しています。そして、LACS上で管理しているデータから受講生の取組み状況を週単位・月単位で評価・分析し、視覚的に把握し、学部教員の定例会議で報告し、状況把握と授業の改善方法について議論を行うことで学生指導に役立てています。

(8)エキスパート人材の育成

 「AI戦略2019」[3]では、数理・データサイエンス・AIに関する人材のレベルとして、応用基礎レベルの上にエキスパートレベルが示されています。本学部は令和3年度に文部科学省の統計エキスパート人材育成事業に採択され、本学部助教1名がエキスパート人材となるべく研修を受けています。また、本事業の支援により、情報データ科学部生への統計検定の受験料補助や、長崎県内の数学教員を対象とした「確率統計指導者エキスパート育成講座」を実施しています。

5.おわりに

 データサイエンス応用基礎教育プログラムを中心に、本学部が取り組んでいる数理・データサイエンス・AI教育を紹介しました。数理・データサイエンス・AI教育プログラムの開発、人材育成を担当されている方、応用基礎レベルの認定やプラスでの選定を目指している方々の参考になれば幸いです。

参考文献およびURL
[1] 長崎大学情報データ科学部,「データサイエンス応用基礎教育プログラム」,
https://www.idsci.nagasaki-u.ac.jp/archives/3069/
(アクセス確認日:2023.08.04)
[2] 文部科学省高等教育局専門教育課,「数理・デー タサイエンス・AI教育認定制度」,
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/suuri_datascience_ai/00001.htm
(アクセス確認日:2023.08.04)
[3] 内閣府,「参考資料:AI 戦略 2019(2020.06 フォローアップ版)」
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/aistrategy2019_fu_sanko.pdf
(アクセス確認日:2023.08.04)

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】