PyTorchを用いた深 久留米工業大学の産学連携「地域課題解決型AI教育プログラム(応用基礎)」 [2023年度 No.3]

数理・データサイエンス・AI教育の紹介

久留米工業大学の産学連携
「地域課題解決型AI教育プログラム(応用基礎)」

小田まり子(久留米工業大学 学長補佐 AI応用研究所副所長・工学部教授)

八坂 亮祐(久留米工業大学 PCサポートセンター 教育研究コーディネーター)

河野  央(久留米工業大学 学長補佐・工学部教授)

1.はじめに

 本学は、1966年の建学以来、「人間味豊かな産業人の育成」を建学の精神としており、「知・情・意」の調和のとれた実践的教育を行うことを教育理念としています。本学は2020年4月にAI応用研究所を設立し、AIの教育力・研究力が本学の新たな強みとなるように努めてきました。AI応用研究所のAI教育支援部門では、AIによる地域課題解決を主眼とする実践的なAI教育プログラムを開発し、2020年度には「AI概論(1年後期、リテラシーレベル)」、2021年度には「AI活用演習(2年前期、応用基礎レベル)」を全学必修のAIコア科目として新規開講しました[1]
 本学のAI教育プログラムの特徴は、AI・数理・データサイエンスに関する知識や技術を学修するだけでなく、そこで学んだ知識・技術を活用して、人々の暮らしや社会の諸課題をどう解決し、より良いものにしていくかについて、他者との協働を通して考える地域課題解決型の教育であることです[1][2]。そして、本学の「地域課題解決型AI教育プログラム」は、先導的で独自の工夫・特色があるとして、令和3年度文科省「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(リテラシーレベル)プラス」に選定され、さらに、令和4年度文科省「数理・データサイエンス・AI教育プログラム(応用基礎レベル)プラス」にも選定されました。
 本稿では、応用基礎レベルのプラス選定において、他の機関が参考となる取組みとして評価された[3]、学生の習熟度や専門性に応じた授業選択ができるAI教育プログラムのカリキュラム構成や、学科混成の選抜クラスの設置(地域課題解決型PBL)、AIチャットボットによるAI教育の支援、AIエンジニア育成のためのバーチャル留学について、紹介します。

2.地域課題解決型AI教育プログラム

 本学の「地域課題解決型AI教育プログラム(2023年入学生用)」のカリキュラムフローは、図1になります。本教育プログラムの講義・演習は、正規の教育課程において、学生の所属学科を問わず、全学生が履修可能な科目群として設置しています。

図1「地域課題解決型AI教育プログラム」(2023年度)カリキュラムフロー

 1年前期開講の「コンピュータリテラシー」では、入学直後にPCを用いた実技テストを実施し、学科混成習熟度別クラス編成でICT教育を行います。
 リテラシー科目「AI概論」(1年後期2単位)と応用基礎科目「AI活用演習」(2年前期2単位)は、ともに全学必修のAIコア科目です。本学は工学系大学であるので、1年後期の「AI概論」も知識の獲得を目指した講義のみとせず、工学系学生に必要な教育としてPythonを用いた演習を重視しています。「AI概論」の最後には、機械学習(教師あり学習:近未来予測、画像分類)の一連の流れまでをプログラミングで体験します[2][4]
 全学2年生対象の「AI活用演習」は、応用基礎レベルに対応した講義・演習科目(必修2単位)です。表1に、「AI 活用演習」の教育内容を示します。1年後期の「AI概論」と2年前期の「AI活用演習」の、2つのコア科目の内容を合わせると、応用基礎レベルの必須項目[3]を全て網羅します。表1のように、「AI活用演習」もPythonによる演習を重視しています。Moodle(LMS)から教材をダウンロードでき、自宅でも必携PCを用いて予習・復習ができます。また、毎講義後、小テストをMoodle上にアップしており、理解度確認のための復習も可能です。

表1 全学共通AI応用基礎科目「AI 活用演習」のカリキュラム
 高校までの学習履歴により、本学には数学の基礎力が不十分な学生も在籍していますので、「数学・統計学基礎」や「微分積分学」「線形代数学」は、習熟度別クラス編成として、目の行き届く少人数教育を行っています。
 「AI概論」や「AI活用演習」においても、プログラミング経験者やICTスキルの高い学生のモチベーション低下を招かないように、習熟度別クラス編成で実施しています。また、GPAが高い先輩学生(基本情報技術者資格やG検定、E資格取得者)がSA(Student Assistant)やTA (Teaching Assistant)としてAIの演習をサポートしています。
 本学のAI・数理・データサイエンス教育に関する先導性は地域連携課題解決型教育にあり、「AI実践プロジェクトⅠ・Ⅱ・Ⅲ」や「インターンシップ」、「ものづくり実践プロジェクト」などの産学連携のプロジェクトに、継続して取り組めるカリキュラム構成にしています。「AI実践プロジェクトⅠ・Ⅱ・Ⅲ(選抜クラス)」では、地域企業や自治体の社会人とともにPBL(Project-Based Learning)形式でAI技術を利用した地域課題解決に取り組み、知識・技能・思考力・判断力・表現力・発信力を身に付けます。また、学部上位学年での「ものづくり実践演習」や4年次の「卒業研究Ⅰ・Ⅱ」において、地域の課題解決を目的とした「ものづくり」やAIによる「社会実装」に取り組むこともできます。さらに、大学院の「高度AIコーオプ実践Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ」では、企業のAIプロジェクトに有償で取り組める制度を構築しており、段階的にステップアップしながらAIの実践技術を学び続けられます。

3.選抜クラスでの地域課題解決型PBLの取組み

 2021年からAI応用研究所に寄せられた技術相談の中から課題解決のテーマを選び、学科混成の選抜学生がチームを組んで課題解決に取り組むPBLを開始しました。2021年度は6テーマ[4]、2022年度は10テーマ、2023年度は14テーマと、テーマ数は倍増し、参加希望学生も増えてきました。
 2023年度は総勢106名で、表2の取組内容の課題解決型PBLに取組みました。各々の課題は画像認識、感情認識、骨格認識、自然言語処理(チャットボット)などの様々なAI関連技術を利用しており、農業、健康、医療、教育などの幅広い分野の課題解決に挑戦しました。2年生52名がプロジェクトの主なメンバーであり、チームメンバーの振り分けは学生の希望を第一に、男女比、所属学科のバランスを考慮して決定しました。教員15名と先輩学生17名がファシリテータ―としてプロジェクトを支援し、24名の社会人の皆様に連携協力していただきました。2023年8月25日に本学で開催したPBL成果報告会では14チームの学生が、本学多目的ホールで研究成果を発表しました(写真1)。成果報告会の様子はWebexでも遠隔配信し、他の教育機関や産業界の皆様にも聴講して頂きました。地域課題解決PBLに取組んだ学生は各自、研究成果報告書をまとめるとともに、チーム毎にポスターも制作(図2)し、2023年度は52名の学生が単位を取得しました。

写真1 PBL成果報告会(2023年8月25日)
表2 AIによる課題解決型PBLで取り組んだ地域課題の内容(2023年度)
(a)バーチャルメンターの開発 (b)キュウリの品質評価 (c)ストーマ患者の装具選択モデル
図2 地域課題解決型プロジェクトのポスター例(2023年度)

4.AI教育用チャットボットによる学習支援

 「AI概論」は全学必修科目であるため、受講者数が多く、また第1学年の学生が主であるため、パソコンの操作が苦手で、プログラミングの経験が乏しい学生も多く受講しています。そのため、プログラミングの実行時エラーを解決できないといった質問が多く寄せられ、その都度教員やTA・SAによる対応が求められていました。そこで、2020年度からLINE AIチャットボットを導入し、いつでも、すぐに疑問が解決できるよう自律的な学習を支援してきました。チャットボットの回答を基に学生自らで疑問を解決できるケースも多く、教員やTA・SAの負担軽減に繋がりました。2023年度からは、ChatGPTと大規模言語モデル(LLM)を利用したフレームワークであるLangchain を組み合わせ、新たな「AI概論」チャットボットシステムを構築しました(図3)。新チャットボットは従来のものと比較し、柔軟で自然な対話を行えるようになりました。また、文脈を踏まえての回答が可能となったため、学生の利用者数が増えています。最先端の生成AIを基盤としたチャットボットをツールとして使いこなすことで、AIに対する理解をより深め、これからのAI共存社会について考えるきっかけとする狙いもあります。

図3(新)「AI概論」用チャットボット利用画面

5.バーチャル留学(AIエンジニアコース)

 本学では、2021年から毎年8月から9月にかけて、国際的視野を持つAIエンジニアの育成を目指し、20日間(午前中2時間)のバーチャル留学を実施してきました。バーチャル留学は、本学の海外協定校であるセントラルワシントン大学と連携し、遠隔会議システムZoomを用いて実施しています(写真2)。2023年度には、アメリカ人講師が本学のメタバース・ラボに入り、本学学生と会話を行う語学研修も実施しました(写真3)。海外研修の最終日には課題解決型PBLで取り組んだ内容について、英語でプレゼンテーションを行い、質問に回答しました(図4)。

写真2 バーチャル留学(Zoom)
写真3 メタバース語学研修 図4 最終発表スライド
 PBLに加え、バーチャル留学にも参加した学生は、英語によるコミュニケーション能力、専門分野における英語のプレゼンテーション能力を向上させることにより、さらなる自信をつけています。2021年度のバーチャル留学に参加した9名の内、6名が2024年4月に大学院に進学することからもPBLやバーチャル留学は学生の研究意欲に多大な影響を与えていると考えています。

6.まとめ

 「地域課題解決型AI教育プログラム」は2023年で4年目に入り、PBL参加学生の学会発表件数が増え、「学生会講演奨励賞」受賞者(2023年度電子情報通信学会九州支部学生会講演会)も出ています。また、査読付き論文の採録、大学紀要へ投稿、E資格合格(4名)などの実績も出てきました。
 本学は、独立行政法人大学改革支援・学位授与機構の大学・高専機能強化支援事業の支援1(学部再編等による特定成長分野への転換等に係る支援)と支援2(高度情報専門人材の確保に向けた機能強化に係る支援)の両方に採択され、2024年度より電子情報システム工学専攻学生の定員増、2025年度に工学部情報ネットワーク工学科学生の定員増を図り、学生や教員の拡充を予定しています。今後は、学部や大学院の専門分野における新たなAI教育により、地域ニーズに応えられる高度AI・データサイエンス人材の育成に努めてまいります。

参考文献及び関連URL
[1] 久留米工業大学AI応用研究所, 地域課題解決型AI教育プログラム (2022) (2023年12月1日参照)
http://aail.kurume-it.ac.jp/education/
[2] 小田, 河野, 千田, 久留米工業大学における「地域課題解決型AI教育プログラム」, 私立大学情報教育協会 大学教育と情報, No.1(通巻178号) , pp.37-42 (2022)
[3] 文部科学省,「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」応用基礎レベルプラス選定結果, p.14 (2023)
[4] 小田, 他,地域と連携した課題解決型AI教育プログラム -「AI活用演習」選抜クラスでのPBLの実践的取組- ,久留米工業大学研究報告,No.44 , pp.145-154 (2021)

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