文学の情報教育

日本語と情報処理


福嶋 昭治(園田学園女子大学国際文化学部教授)



1.はじめに

 園田学園女子大学において、日本文学・日本語学を専攻する学生の、専門教育科目の一つとしての通年の「日本語と情報処理」を担当している。その内容と問題点などをご報告したい。


2.対象学生と環境

 2年以上の学生を対象としている。本学の場合は、1年生の段階で必修科目としての「情報処理論1」を全員が履修することになっている。しかも、「情報教育センター」の人的・機械的な環境整備は、比較的小規模(短期大学部も併せて3,000名の在籍学生)な大学としては、かなり充実している。学内の端末機は、すべてネットワークで結ばれ、インターネットへのアクセスが可能になっている。授業時には、学生一人1台の機会が保証される設備状況になっている。さらに、「情報処理論1」の講義内容は、かなり自動プログラム化されており、講義時間にとらわれず、学生は、空き時間を利用して個々の進度に応じて実習を進め得る環境が整っている。授業時よりも放課後に学生の姿が情報教育センターの実習室には多くなり、学内でいちばん遅くまで電灯の点っているのがコンピュータ実習室ということになっている。
 それゆえ、マルチメディア機器としてのコンピュータへの基本的理解と操作能力を、身につけているものとして、学生は「日本語と情報処理」を履修することになっている。


3.授業のねらい

 コンピュータを、日本文学・日本語の研究にいかに活用し得るか、その具体的な方法の修得と問題点の認識を、講義の目標としている。
 コピー機というものが普及した時代には、コピーを取れば論文を読んだような気になると、よく言われた。コンピュータもまた、基本的操作ができ、ワープロとして文書作成が可能になり、簡単な画像も処理し、音楽CDをコンピュータで演奏させたり、ネットサーフィンができるようになれば、コンピュータを使いこなしているという錯覚に見舞われる学生が多い。基礎教養科目としての情報教育から、専門科目としての情報教育へという課題の存在は、すでに昨年末に私情協によってまとめられた「私立大学の授業を変える」という冊子にも指摘され克服されようとしているが、本学の情報教育においても一番の問題であり、「日本語と情報機器」をその答の一つにしたいと考えている。
 また、その「私立大学の授業を変える」にも、提起されていることであるが、学生の授業参加意欲を喚起すること、そしてそれに深く関連するが、教員と学生の双方向性を確立したいというねらいもある。機械を操作するということで、授業に主体的に参加しているという意識が育ち易い。また、メールの交換によって、個々の学生の教員による状況把握と学生・教員の日常的なコミュニケーションが確保される。実習教科の強みということができよう。


4.授業内容

(1)研究における情報処理の意味と問題点

 文学研究の出発点は、作品の解釈ということになる。表現されたものの解釈に、用例の収集と分析がいかに必要不可欠なものであるかを講義する。日本語研究資料についても、資料・用例の計数的処理が研究の有数な方法であることを確認する。
 以上は、文学研究・語学研究のそれぞれの分野で、成功している論文の実際例を読みながら講義をする。
 その上で、用例の大量操作と高速処理にこそ、コンピュータの面目があることを、データベース化された用例や作品テキストをリレーショナルデータベースのアプリケーションソフトを操作することによって、学生にも改めて納得させる。
 同時に、デジタル化されたデータが、もっとも重んじられるべきオリジナルな資料とは、まったく同じものではないこと、デジタル化の過程で研究者の見識によって、作り上げられるデータベースは違ったものになること、したがって、データベースは極めて個人的な側面をもったものであることを、実例を示しながら協調しておく。

(2)データベースの構築

 データベースの利便性と限界は、小さなものでも実際に作り上げることで認識を深くすることが可能であるので、アプリケーションソフトによるデータベース構築の実習を行う。源氏物語や枕草子などの古写本を、すべての学生の担当部分を決め、読み入力し本文データベースを作る。それを統合してやや大きいデータベースにして、整列・検索の実習を行う。かなりの時間を必要とする。

(3)インターネットの利用実習

 百花繚乱あるいは玉石混交のあるインターネットのホームページであるが、文学・語学研究に活用できるテキストや資料・情報の提供されているものがかなり多くなっている。
 それらをどのように探し出し、自分のホームページの住所録を便利に作るかを実習する。
 インターネット上にない外部データベースへのアクセスの方法もあわせて講義することにしている。


5.課題・問題点

 コンピュータは先端技術ではあるが、成熟技術ではない。身になじむ道具であってほしいけれども、まだまだその域には達していない。
 本学のように、3,000名の学生規模で、情報教育センターには、所長1名、教員4名、職員2名の専任がおり、講義時の学生一人に1台のコンピュータが保証され、学内ネットワークが完備され、機械的なトラブルは、講義中も頻出する。しかも、「立ち上がらない」とか「日本語入力状態にならない」とか、極めて初歩的ではないかと機械に素人の私には思えるトラブルが多い。講義中にTAがついていてくれたらという思いは強い。
 教材となるべき、テキストファイルの不足と、不均質さにも苦労している。資料のデジタル化が業績評価の対象になりにくいという状況は、デジタル化という一見機械的に見える仕事が、実は深い学問的見識に裏付けられてこそ有効なものができ上がるという先ほども述べた観点から、是正されなければならないだろう。
 また、量的にはかなり増えてきたテキストファイル群ではあるが、同一資料のテキスト化が重なったり、できあがりのスタイルに統一した基準がないので、全体の労力の無駄や、利用者側からの不便さが感じられる。国文学研究資料館などの公的機関が、是非事問題でのリーダーシップを発揮して頂きたいと思うことしきりである。


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