農学の情報教育

農学教育への情報機器活用


小林 信一(日本大学生物資源科学部助教授)



1.コンピュータ「で」教える

 大学における情報教育の普及はめざましく、専門分野を超えてカリキュラムには情報と名の付く科目があるのが常識となった。しかし、その内容はほとんどがコンピュータの操作等を主体とするリテラシー教育であるようだ。私立大学情報教育協会の調査によっても、情報教育の多くがアプリケーションソフトの操作習得に当てられている傾向が読み取れる。筆者は情報リテラシー教育の必要性を否定するものではなく、現時点ではもっとも必要性の高い内容であると考える。しかし、将来における中等教育段階での情報教育の普及を受け、大学におけるその分野での役割は、順次減少していくものと期待される。もちろん情報倫理を含めた情報科学に関する講義は、リテラシー教育とは別に大学においても今後とも教授される必要があるとも考えている。しかし、全体として今後の大学教育におけるコンピュータの位置付けは、これまでの教える対象から、コンピュータ等の情報機器を道具として、いかに授業に活用していくか、いわばコンピュータで教えることに焦点が移るべきであろう。


2.情報機器活用の意義

 コンピュータ等の情報機器を活用した教授法は、CAI(Computer Assisted Instruction)あるいは MAI(Multimedia Assisted Instruction)などとして、学校教育以外の場を中心にすでに取り入れられている。また、一部学校においても導入されているが、これはむしろ初等、中等教育の段階で活発のように感じられる。
 大学の進学率が4割に達し、大学教育自体が従来の学の蘊奥を極める専門教育というよりは、専門教養教育の場に変質しつつある。大学院の普及を考えれば、大学教育は初期高等教育とでも位置付けられるのではないか。こうした変化に即した教育方法としてコンピュータなどを利用した授業が大学教育にも取り入れられてしかるべき時期に来ていると思われる。このことは、単に授業に情報機器を利用するということに留まらず、大学における授業のあり方を考えさせることにもつながるだろう。つまり、教授法の開発や習得の軽視、講義と実験の分離など、これまでの大学教育において見られがちであった点を、情報機器導入を機に見直すことができないかということである。
 近年、シラバスの整備や教員の自己評価に関連した学生による授業評価の導入等が多くの大学で取り入れられてきている。この背景は単純でないにしても、これまでどちらかというと一方通行的であった授業のあり方などの教授法に対する自己批判的な側面があることは否定できないだろう。


3.活用の事例

 筆者は情報処理論を担当しているわけでもなく、情報科学については門外漢であるが、6〜7年ほど前からささやかなものではあるが、コンピュータを利用した授業を試みている。筆者の担当している科目の一つに、経営管理論を扱った授業がある。この授業を対象にして、学生の興味を引き起こすために、コンピュータを使った牧場経営のシミュレーションを行っている。その内容は、あらかじめ示しておいた立地ごとの収益性等の条件を元に、投資計画、資金計画等を各自がたて、規模拡大や複合化などを行って最終的な収益・資産状況を競うというものである。この際、経営成果(資産・負債、損益状況)の計算や、意思決定のための負債限界や損益分岐点などを算出するためにコンピュータを利用している。
 表計算ソフトを利用した簡易なソフトとも呼べないソフトで行ってきたが、学生たちの反応は座学による授業の時に比べ活発であるように思える。例えば、あまり質問がないのが今の授業の常であるが、質問も多く、授業への集中度も高い。授業終了後のアンケートも全体として好意的なものが多い。これは目新しさもあると思うが、各自各様に自分の経営をシミュレートできるという、授業への主体的な関わりを促されることの効果も大きいだろう。筆者は大学に奉職する以前に、ある団体で全国にわたる組織の職員研修を行ってきたが、講師の話を一方的に聞くタイプの講義よりも、演習やグループ討議などの手法を取り入れた講習の方が、研修生の理解度が高かった。
 自然科学系に分類される農学部は、実験・実習など時間が多く、その意味では学生が主体的に授業に係わる環境があると思われるが、筆者の担当する科目は社会科学に属すため実験を行うとはいかないことも、こうした授業を取り入れた動機の一つである。情報機器の利用が現時点ですべての科目に不可欠とは言えないし、それに適していない科目もあることは承知している。しかし、学生の授業への集中度・関心度を高める一方策として有効な手段ではあると言えるだろう。


4.活用に当たっての課題

 しかし、情報機器を活用した授業の実現には、実際には様々な障壁が存在する。例えば、端的に情報機器の整備の問題がある。多数のコンピュータが設置され、ネットワークとして利用できるなど、関連の施設、設備が完備されている大学は、現在では少数派であろう。筆者の学部でもコンピュータ室には80台あまりのコンピュータが設置されているが、教員のパソコン画面を映し出すプロジェクターがないため授業に支障をきたすこともある。また、チューターなしで80人の学生を相手にするのは、かなり骨の折れることである。さらに、コンピュータ機器の操作法やアプリケーションソフトの講習、教育用ソフトの作成支援などの教員に対する人的物的な教育支援体制が整備されていないのが、大方の現状ではないか。こうした点の改善なくして、情報機器を利用した教授法の普及は困難であろう。さらに、教員の評価における研究重視、教育軽視という現在の風潮も障害となっていると考えられる。


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