数学の情報教育

グラフ電卓の数学教育への活用
−『何時でも・どこでも・簡単に』使えるTechnologyを−


佐伯 昭彦(金沢工業高等専門学校助教授)
渡辺  信(東海大学海洋学部助教授)



1.グラフ電卓って役立つの?

 現在の教育環境はコンピュータの利用が可能になったことから著しい変化がみられる。情報教育が意図することは、コンピュータの積極的活用にあることは明確である。各学校はコンピュータ教室の整備に力を入れている。それにも関わらず、あえて数学教育にグラフ電卓を用いることを試みた理由は、『何時でも・どこでも・簡単に』使えるTechnologyを学生個々が持つことが重要であると考えたことであった。学校で数学の授業を受けるときにはコンピュータを用いて、その他の時間は以前と同じ機器のない状態で考えることに大いに問題を感じた。現在の教育環境は社会の中でいまだに未熟である。学生が自由にTechnologyを利用できる状況はグラフ電卓で充分作ることができる。グラフ電卓を最も積極的に活用しているのは、東海大学と金沢工業高等専門学校である。
 グラフ電卓は現在では2通りの開発が考えられる。1つは電卓をコンピュータに近づけようとして、数値計算を中心にするもの(代表としてTI-82)、逆にコンピュータを電卓化したもので数式処理も可能なもの(代表としてTI-92)がある。
電卓→TI-82・・・TI-92←コンピュータ
 グラフ電卓の持つ機能を数学教育として考えたときに、コンピュータで数式ソフトを利用する状況とほとんど変わらない。特にTI-92は数式ソフトDeriveと幾何ソフトカブリを積んでいることを考えれば、電卓と言うよりは、数学用のポケット・コンピュータと呼んだ方がよい。
 これからの我々の社会では、コンピュータが常に使えて、Technologyが思考の補助をする時代である。しかし、残念ながら現状はまだコンピュータの普及はきわめて貧弱である。特別教室に移動して、そこでだけでしか使えない状況を打ち破る数学教育にとって、グラフ電卓は大いに価値がある。物理でも化学でも電卓を用いてデータの処理をしたり、途中の計算をするのに用いている。しかし、数学では電卓をも使用しない。この不思議な現象は、数学教育が計算中心と思い込んでいることにある。数学教育にグラフ電卓を活用することによって、数学が計算から解放され、数学の内容に広がりを持たせることができる。コンピュータとの共存をも考えて、グラフ電卓を大いに活用することは数学教育にとって重要な課題である。


2.授業形態と試験・実験


 工学系の学生にとって、数学は専門科目を理解するための重要な道具になる。海洋学も高専も数学の必要性は工学部と同じと考えている。微分積分学・線形代数に始まり、確率統計・微分方程式・ベクトル解析・複素関数論へと解析が中心になる。そこでTechnologyを使いたいときには何時でも、使ってもよい環境をグラフ電卓で整えることにした。グラフ電卓は各自が自分のものを持つことで、特に学校で用意する必要はない。もし、貸し与える方式を取るならば、目的達成のためには、一人一台を1年間預けたい。  道具としての使い方の教育を特別にする必要はない。グラフ電卓の技術的訓練の修得は、学生にまかせておいても安心である。同じ機種を友達が持っていれば、いろいろな使い方を教え合い理解していく。教員が説明するよりも早く身に付けるのが現状である。Technologyが自由に使えるようになったときの問題点は、自分で考えて解く習慣を持たないことである。現在の教科書の問題は、ボタンを押せばほとんどできてしまう。特に、Technologyを思考の補助として常に利用することが可能になれば、試験でもグラフ電卓を持ち込むことを前提とする。数学教育にとって、Tecnologyの活用は数学を考えることの重要さが増してくる。また、数学を実験的教科として扱うことも可能になる。グラフ電卓とCBLと組み合わせて、自然現象中に数学を発見する喜びを体験できる。


3.グラフ電卓で数学を見る

 グラフ電卓の名前の由来は、関数のグラフが簡単に書けることから付けられた。関数のグラフを見ることができることは、数学教育に大きな変化をもたらす。たとえば、「微分」の扱いは大きく変わるであろう。また、極限はグラフ上を動くことを見ることによって、その理解を助けてくれる。今までの数学教育では、静止状態を扱うことで、関数のグラフ上を動くことを見ることができなかった。
y=sinx/xのグラフとx→0の極限
 数学の中身を見ることができるようになったことは、数学を考えることの大きな補助的な道具を持つことができるようになった。数学を見て、触れることがグラフ電卓の導入によって可能となり、ただ計算からの解放だけではない変革が起こる。数学を見る具体的な例を挙げたい。

ボールの落下運動と放物線


海面の表面波の変化
 このような自然現象を扱うことによって、数学と物理等の教科の壁を取り払う教育が可能になってくる。数学を見ることによって、数学のおもしろさが味わえる。


4.情報化社会を迎える数学教育

 情報化社会を迎え、数学教育の内容に変化が現れる。日本の数学教育は計算が中心であるが、その計算から解放された数学教育のあり方を考えたい。今まで数学と思い込んでいた計算能力がTechnologyによって置き換えられ、数学という学問とは何か、情報機器を用いた数学教育が目指すことは何かを問われることになった。計算はほとんどすべてグラフ電卓が処理する時代に、その計算の意味、利用法を考えることが問題点になる。数学教育は情報化時代になって、問題解決型・問題発見型に変わるに違いない。そして、もう一度実験的方法を組み込んで自然科学に接近する数学教育を構築しなくてはならない。グラフ電卓を手元に常に持ち、学生が主体的になって、数学・数理科学を自らが積極的に学習するようになって欲しい。学生が中心の数学教育では、グラフ電卓は大いに威力を発揮する。数学教育にとってこのグラフ電卓は、『何時でも・どこでも・簡単に』使えるTechnologyであり、教育を学習に変えることも可能である。


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