特集 ネットワーク時代の教育を考える

高等教育とネットワーク


中村 尚五(東京電機大学学長補佐・工学部教授)



1.はじめに

 これまでの日米の教育比較では、少なくとも高等学校までの日本の教育は、米国より優れている、と言われていた。ところが、最近では必ずしもそうでもないという評価が聞こえている。
 その最も顕著な例は、日本の子供たちの多くは入学試験(大学入試だけに限らず)のための勉強をやっているのであり、学問そのものへの興味は二の次になっているということである。多くの中学生や高校生は、詰め込める限りの知識を与えられてはいるが、それらを何に使い、そのことによって何が得られるのか、ということについて興味の湧くような説明を受けていないし、受験のためには、そんなことは無駄な時間と考えられているようである。ただただ、暗記と正解のある問題を迅速に解くことに最大の注意を払っている。個々の差はあるにしろ、このようなトレーニングを受けた学生が入学してきたとき、大学はどのように対応すべきなのかを真剣に考えなければならない。
 また、このような問題があるにもかかわらず、大学でも多くの学生達の間では、期末試験などの前に暗記して、何とか単位を取るという風潮が蔓延している。このような状況下で、自立性に富んだ、創造性の高い人材を育成することは至難のわざと言える。
 これを是性できる教育システムを考えることが急務である。ネットワークを活用した新しい教育がその助けになるとしたら、あらゆる試みにチャレンジすべきであろう。


2.ネットワークを利用した東京電機大学の教育の実際

 東京電機大学でも、ネットワークを利用した様々な試みが行われており、現実に実施されているもの、また計画中のものを紹介する。

(1)ホームページを活用した講義

 教員が自分のホームページを授業で利用し、学生とのコミュニケーションに活用している。教員は、まずシラバスに沿った講義ノートをホームページで提示しておき、電子ファイルによる配布を行っている。また、レポート課題の解答をWebで配布し、学生からの質問等も受け付けている。
 年々この形式で授業を進めている教員の数が増えてきた。これは、学生達が自分に必要な情報を自分で獲得するというトレーニングにもなる。

(2)キャンパス間(神田・千葉NT)の遠隔授業の実験

 工学部は、第一部の1年生が千葉ニュータウンキャンパスで学び、2年生から4年生までの学生は、神田キャンパスで学んでいる。両キャンパスは、距離的に離れており、移動するためには1時間以上かかる。このような環境の元で、平成9年度後期から両キャンパス間での遠隔授業が試験的に開始された。これまで、1年生配当科目を再履修するために、2年生より上級学年の学生は千葉ニュータウンキャンパスまで移動しなければならず、現実的にはかなり難しかった。

(3)米国提携校との協力
(ポリテクニック大学:GLOBAL COLABORATIVE EDUCATION PROGRAM)

 このプログラムは、米国ポリテクニック大学大学院電気工学専攻修士課程の3分の1を東京電機大学大学院で、次の3分の1をインターネットで、そして最後に、現地ニューヨークのポリテクニック大学大学院で残りの3分の1の単位を履修し、合計で米大学院の36単位を習得してポリテクニック大学大学院の修士(MS)を取得するという画期的なものである。元来、2年間は必要だった留学期間が短縮できるばかりでなく、経済的にも学費の節約が期待できる。

(4)マレーシア・ツイニング・プログラムへの協力

 日本の円借款事業として、現在マレーシア政府との間で「マレーシア・ツイニング・プログラム」が進行しており、東京電機大学も積極的に協力する準備をしている。このプログラムには、日本・マレーシア間のテレビ会議システムを利用した実験的な遠隔授業の実施が含まれている。

(5)シラバスへの取り組み

 東京電機大学では、工学部も理工学部もシラバスを大学のホームページ上に公開している。シラバスを公開している大学の多くは、集まったシラバスの情報を何らかの方法でHTMLに変換しており、一度入力の完了したものを年度途中で変更することはないと考えられる。東京電機大学の工学部シラバスも同様の方法で構築し公開している。理工学部は、「オンライン・シラバス」と呼ぶ方法で構築している。これは、各々の教員が与えられたシラバスの領域に直接に書き込みを行い、公開中でも必要に応じ本人のみ書き換えることができるシステムである。このシステムを他の講義あるいは講義ノート等とリンクさせることで、より有効に活用できる。


3.分散講義システムの提案と今後の方向性

(1)分散講義システムの提案

 私学の工学部においては、専門科目の受講者が100名を越える場合がある。このようなクラスを20名程度に分散化し、教員は、分散化されたクラスの一つから遠隔講義システムを利用して講義を行う。少人数に分かれたクラスには大学院生のTAが付き、教員は、講義の途中でTAに題目を与えてクラス毎のディスカッションを指示する。グループディスカッションの中で質問等があれば、教員はそれを受け付け、全クラスに解答も含めてアナウンスする。
 このような仕組みを有効に使うと、学生達は多人数クラスの講義であるにもかかわらず、少人数のディスカッションにより、活性化した受講が可能となる。小クラスすべての板書や教材の提示、小クラス間のコミュニケーション等、工夫しなければならない問題も多いが、今後積極的に検討する価値があると思われる。

(2)今後の方向性

 学生達が、ネットワークを介し、自立的に必要なデータを検索し、自分のデータとして取り込める能力を身に付けられるように配慮することは、これからの大学教育のあり方としては不可欠であろう。例えば、教員は講義に関する情報をネットワーク上に流し、学生達がそれを基に、さらに重要なデータを収集するように仕向けることが可能となる。
 また、大学のネットワーク環境として、ボイスメールも自由に使えるイントラネットを構築し、教員と学生間、学生と学生間および教員と教員間のコミュニケーションの自由度をあげる必要があろう。
 さらに、ネットワークを活用し教育効果を上げるためには、キャンパスに通学して来なくとも独自で学習できるネットワーク向きの教材の開発にも力を注ぐ必要がある。特に、大学の夏期休暇、冬期休暇を利用した遠隔集中講義を補修授業、その他に有効に活用するプログラムを用意することも有効であろう。これに関連して、遠隔講義のためのより良い教材の開発や、それに適した講義方法の構築など、取り組まなければならないことが山積している。


4.おわりに

 大学という教育の場で、自立性に富んだ学習ができ、創造性の高い人材を育成し、自分の得意とする分野の能力を延ばせるような教育を実現するには、学生達が興味のもてる科目を積極的に履修できる環境を提供することも、一つの方法であろう。そのためには、ネットワークを大いに活用し、学科や学部に因われない教育を実現し、さらには他国の教育も留学することなく受けられる環境を実現することも意味がある。
 いくつかの事例でみたように、ネットワークを活用することで、距離を意識せずに、種々の教育形態が可能となる。しかし、教員と学生、学生と学生の関係をより一層重視する教育が、ネットワーク時代の教育には、忘れてはならない要因となるであろう。


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