コミュニケーション学の情報教育

メディアの統合化とコミュニケーション学教育


山中 速人(東京経済大学コミュニケーション学部教授)



1.視聴覚教育と情報処理教育−境界の消失

 大学における最近の情報教育を考える上で考慮すべき大きな技術環境の変化は、メディア技術が急速にデジタル化の洗礼を受け、コンピュータ技術の範疇の中に統合されつつあることであろう。たとえば、映像や音声に関わる技術についてみれば、音声メディアのデジタル化はすでに当然のこととなり、ビデオ映像のデジタル処理技術の普及も、これまでの放送局や業務領域にとどまらず、家庭用の水準でも急速に起こっている。メディア技術のデジタル化は、単にデータの形式の変更を意味するだけでなく、収録・編集・放送などの情報処理過程の総体がコンピュータ・システムに統合されることを意味している。このような現実の急速な展開が大学における情報教育に与える影響は、きわめて大きい。
 これまでの大学組織の発展過程をみると、電子計算機の運用と教育に関わるセクションと視聴覚機器の運用とそれを使った教育に関わるセクションは、別建てになっており、両者の間には、一定の棲み分けが存在してきた。本学の場合でも、そのような棲み分けが現存しており、管理組織の業務区分や予算の立案や執行も、概ねそのような境界に沿ったものとなっている。


2.表現としてのコミュニケーション教育

 しかし、今日の状況は、この区分を無意味化しつつある。たとえば、インターネットのホームページの閲覧方法や作成法の学習は、デジタル画像に関する知識を抜きにしては成り立たない。そして、それはデジタル画像とアナログ画像の差異を理論として学習するにとどまらず、写真の知識や表現技法の学習も含まざるを得ない。さらに、次の段階としてCGや動画処理の分野も含まざるを得なくなるだろう。
 このようなコンピュータ教育と視聴覚教育の境界の溶解は、急速に現実のものとなりつつある。本学においても、95年に新しく開設されたコミュニケーション学部の教育については、そのような傾向が顕著に現れつつある。
 アメリカの大学の多くでは、コミュニケーション学部の存在はありふれたものであるが、コミュニケーション学部という名前の学部が開設されたのは、日本では本学が最初である。コミュニケーション学部教育の特徴の一つは、カリキュラムを構成するにあたって、心理学や社会科学的なアプローチだけでなく、身体・ことば・メディアを使った表現としてのコミュニケーションの理論や技法に重点を置いている点である。したがって、カリキュラムには、「コンピュータ・リテラシー入門」を必修とし、「メディア制作」「身体表現」「話し方表現法」「映像と画像」「議論と説得」など表現を重視した科目群が含まれている。
 また、応用科目群として5つのコアを設けているが、その中でも、「調査・表現コア」は、表現としてのコミュニケーションの修得を目指すものとなっている。
 さらに、「卒業論文」と同等に「卒業制作」を必修化し、学生の表現活動の広がりに対応したカリキュラムとなっている。
 このようなコミュニケーション学部の教育に際して、今述べたようなメディア機器とコンピュータの融合が顕著になりつつあることである。たとえば、メディア制作では、もちろん、従来型のビデオ制作技術も教育の対象になるのだが、それだけではなく、その編集をコンピュータを使ったノンリニア環境の下で行うことが必要となってきている。これらの科目群以外でも、語学教育にインターネットやビデオ教材を利用したいという要求は高まりつつあるし、その際、LLとネットワーク環境、さらに動画メディア機器との結合の必要性が現実の課題として高まっている。


3.情報教育の場としてのマルチメディア環境

 残念ながら、このような多くの課題に対して、本学のコミュニケーション学部教育が完全に対応するだけの体制と設備環境を持っているわけではなく、多くの課題が山積しているのが現状といってよいだろう。しかし、このような課題を解決する試みとして、本学が力をいれているもののひとつに、メディア工房を中心としたメディア表現教育がある。
 メディア工房は、コミュニケーション学部の開設に際して新たに建設したビルの地階にある。メディア工房では、学内LANに接続され、画像・動画・音声処理の可能なコンピュータ(Macintosh 12台、Windows PC5台)とその周辺機器にスキャナ(6台)、フィルムスキャナ(2台)、ビデオデジタイザ(12台)、CD-ROMライター(3台)、高精度カラープリンタ(1台)などを配するほか、ビデオカメラ(18台)や編集機(7台)、音声録音ミキシング・ブース(1台)、MIDI音源、画像素材CD-ROMライブラリーなどが設置され、総合的なメディア制作が実施できるよう設備させている。
 また、それ以外にも、この地下には、多目的ホールとしても利用できるスタジオ、ビデオの収録やディべートなどのプレゼンテーションの演習に使うための照明設備をもったディベート室が設置されている。この3つのスペースの設備構成の基本的なコンセプトは、コンピュータを中核として、テキスト・映像・音声を統合的に扱うことのできるマルチメディア環境を実現することであり、従来の視聴覚教育センターと電算機センターの境界をいかに突破し、それをより高度に融合させるかについての具体的な試みとなっている。
 さらに、この3つのスペースは、教室として関連科目の授業に利用される一方、コミュニケーション学部をはじめ本学の幅広い教育研究活動をより高度化するために、教員の教材作成に対する支援、ボランティア学生が一般学生の機器操作を援助するサポーター制度、教員が研究活動にメディアを活用する際の技術支援などを行っている。その具体的な成果としては、コミュニケーション学部の研究紀要のCD-ROM化や社会貢献の一環として学生ボランティアが行った阪神大震災記録映像のCD-ROM制作などに結実した。
 このような活動を支えるには、専属の技能スタッフが必要なのはいうまでもないが、本学では、教員以外に2名のプロのクリエイタが工房に常駐する体制をとっており、利用者に対する技術支援を行うようにしている。メディアのデジタル化が進むことによって、従来の情報処理技術者に加えて、優れたデザイナやクリエイタの協力が不可欠になっている。画像処理や映像編集に能力をもつ人材をいかに確保していくかが、これからの情報教育の大きな課題となるのではなかろうか。
 マルチメディア時代を迎えて、大学における情報教育もそれに対応した変化をせまられている。時代の変化に対応した情報教育の試みが、さまざまな形で現れてくることを期待したい。


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】