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生理学実習におけるコンピュータシミュレーションの導入
静止膜電位のイオン機序


前川 正夫*、堀 雄一*、山岡 貞夫**、上田 秀一***
(獨協医科大学 *第2生理、**第1生理、***第2解剖)



1.はじめに

 医学部学生の生理学実習に導入したシミュレーション実習について、医学部以外の分野においても教育の参考になると考えられるので、その目的および効果について報告する。

(1)医学での位置付け

 学生実習「静止膜電位のイオン機序」は神経や筋の活動(興奮)のメカニズムを理解し、神経や筋の疾患による病気を理解するために必要な基礎知識を得るために行われる。

(2)教育目標

 神経や筋では、細胞膜の内側と外側に電位差が生じている。これは、細胞内外の無機イオン濃度に差があることと、細胞膜の透過性が各イオンに対して異なることによって生じている。この実習では、静止状態の膜内外の電位差(静止膜電位)を形成する最も重要なイオン、カリウムイオン(Kイオン)の細胞外濃度変化による静止膜電位の変化を観察し、静止膜電位の発生メカニズムを理解する。

(3)シミュレーション導入の必要性

 生理学実習「静止膜電位のイオン機序」では、麻酔した実験動物から取り出した神経や筋の細胞内に電極を刺入し、その上で、様々な細胞外液のイオン環境下で膜電位を測定しなければならない。そのため実験動物の犠牲が伴う上、実験時間が長く、限られた実習時間内では、学生が自分のペースで理解できるまで繰り返し実験を行うことができなかった。
 この問題を解決するために、コンピュータシミュレーションの導入が考えられる。シミュレーション実習では、実験時間が短かく、失敗がないため、学生が理解できるまで何度でも実験を繰り返すことができるので、学生の理解が進みやすく、また、実験動物の犠牲が伴わない。そこで、静止膜電位のイオン機序の理解を深めることを目的にコンピュータシミュレーションによる学生実習を導入した。


2.シミュレーションソフト

(1)使用機材

 獨協医科大学・医学情報センターに学生講義用に設置されたMacintoshコンピュータ6100/80AVを50台用いて100名の医学部2年生を対象にして実習を行った。Macintoshコンピュータ上でHyperCard 2.3を用いてシミュレーション実習のための手順(スタック)を自作した。アニメーションを使用して動きを表現し、項目間の移動にはボタンを使用した。このプログラムの作成は1名(堀)が担当し、作成、試用と修正を経て、約一ヶ月で完成した。

(2)内容

 筋を浸す細胞外液のKイオン濃度を変えて、筋細胞に刺入した電極から記録される静止電位の変化を観察する。図1に示す画面から始める。
 1から4のボタンをクリックして各項目に進む。1では、実習内容を理解するために必要な知識が得られる。2では実験に使用する装置が図示され、装置上でマウスをクリックすると装置の説明が現れる。3では実験の進め方が説明される。4を選択して実験を開始する。
 まず、ホップアップメニュー細胞外のKイオン濃度を選択した後、4ボタンをクリックすると、図2に示す画面が現れる。電極を支持しているマニピュレータ上でマウスボタンを押し続けると、動画がスタートし、電極が進む。電極が筋細胞に入ると細胞内電位が記録されて、オシロスコープの輝線が下がる。学生は表示されたオシロスコープの感度と輝線の変化から静止膜電位を計算する。様々な細胞外Kイオン濃度を選択して静止膜電位を測定し、Kイオン濃度変化に対する静止膜電位の変化をグラフにプロットする。

図1 実習を進めるに当たっての初期画面


図2 実験の初期画面

3.シミュレーション実習についての調査(学生アンケート)

 シミュレーション実習に対する学生の姿勢と感想とを明らかにするため、実習終了後にアンケート調査を行った。調査対象100名のうち69名から有効な回答があった。主な質問内容とその結果を表1に示す。各選択肢に対する回答数の割合を、有効回答数に対する百分率で示した。
表1 アンケート結果
1)コンピュータ画面上で電極を筋細胞に刺入して記録するとき、実際に筋や電極を使用した実験をイメージすることができましたか。
    [1]十分できた。 13%
    [2]ほとんどできた。 36%
    [3]半分ほどできた。 28%
    [4]少しできた。 22%
    [5]全くできなかった。 0%

2)シミュレーションによる実習の感想を、実験動物を使用した実習に比較すると、(複数回答可能)
    [1]参加しやすかった。 30%
    [2]楽しかった。 21%
    [3]抵抗がなかった。 32%
    [4]興味がわかなかった。 11%
    [5]つまらなかった。 4%
 他に感想があれば記入して下さい。


4.シミュレーション実習の評価(アンケート結果まとめ)

  1. ほとんどの学生が実際の実験をイメージしながら、実験を納得いくまで繰り返し自分のペースで実習を進めた。コンピュータ経験の浅い学生がシミュレーション実習に抵抗を感じ、コンピュータ経験の長い学生はより多くのシミュレーション実習を希望する傾向があった。
  2. シミュレーション実習を受け入れる学生は、実験を繰り返しできたこと、実験の失敗や結果の誤差がないことと動物の犠牲がないことを評価した。
  3. シミュレーション実習に抵抗を感じる学生の多くは、実感が伴わない点を理由として挙げていた。


5.結論

  1. 多くの学生がシミュレーション実習に興味を示し、自分のペースで実験を繰り返し行ったこと、およびシミュレーションに肯定的な学生が実験動物の犠牲のないことを評価したことは、シミュレーション導入の際の目的を満たしていると思われる。
  2. シミュレーション実習では実感が伴わない問題点が指摘された。そのため、実験動物を使用した実験を前もって見学する機会を用意するなどの工夫が必要であると思われる。
  3. コンピュータ経験の多少がシミュレーション実習の評価に影響したので、実習前にコンピュータ使用法を説明し、コンピュータに接する機会を用意する必要があると思われる。


6.謝辞

 原稿作成に当たって示唆をいただいた木村一元助教授(獨協医科大学医学情報センター)に感謝いたします。


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