特集

Campus on Web −米国におけるデジタルキャンパス

 インターネットや学内LANのネットワーク整備、マルチメディア施設・設備の充実など、わが国の大学でもキャンパスのデジタル化へ向けて準備がなされているが、教育・研究、その他学内サービスなど多岐にわたる分野への活用や内容の充実については、これからの大きな課題として残されている。
 本特集では、Webを中心とした米国におけるキャンパスのデジタル化について紹介しながら、大学キャンパスの今後の在り方について考えたい。



アメリカの大学の教育研究コンテンツ −南カリフォルニア大学を中心に−

安 藏 伸 治(明治大学政治経済学部教授)


1.はじめに

 ここ数年来のコンピュータネットワークの発達と普及は、大学における教育・研究環境のみならず、大学生活それ自体を大きく変えようとしている。特に米国の大学においては、大学に関わるすべての人々、つまり学生、教員、職員、そして卒業生や入学志願者にいたるまで、ネットワークを介して「大学」という世界にアクセスし、情報を検索したり、更新したり、発信したりしている。まさに、コンピュータネットワークと充実した教育研究コンテンツなしに、現在のアメリカにおける大学生活は成立しえない状況になっているといえよう。


2.もう一つの大学

 大学という空間には、教育・研究生活を送るために必要な膨大な量の情報が存在している。それらは、各学部、大学院、学生部、就職部、教務部、入試事務室、校友課、図書館などのさまざまな空間に固有の情報として存在し、学生と教員、職員はそれぞれ異なった利用をしている。これまでの大学生活では、各空間つまり、教室や図書館、各種事務室等に利用者が移動し、掲示物やパンフレット、資料、冊子などの形で情報を入手していた。これらすべてを、実際に空間の移動をすることなく仮想空間の移動によって、コンピュータ・ネットワークを介して自宅や職場にいながら得ることはできないのであろうか。
筆者は明治大学の1996年度長期在外研究員として、12年ぶりにカリフォルニア州ロサンゼルス市にあるUniversity of Southern California[USC](南カリフォルニア大学:1880年創立の私立大学)で研究生活を送った。ここには1979年7月から1985年2月まで大学院生として在籍していたことがあり、今回の滞在を通して、新旧の情報環境の変化を比較することができた。1985年の時点では、コンピュータ・ネットワークといえば大型計算機に電話回線(カプラー)で接続し、ライン・エディタという1行ずつ入力していく端末が一般的であった。もちろんコンピュータ・センターにはフルスクリーン・エディタがあったが、それを利用するには所属する研究所からセンターへ徒歩で30分の空間的移動が必要であった。パソコンも普及しはじめていたがネットワークでは繋がらず、もっぱらワープロとしての利用が中心であった。しかし、1996年の同じ大学はまったく事情が異なっていたのである。1995年から教職員全員にパソコンが配布され、事務上のほとんどの手続きはネットワークを介して行われるようになり、私が着任したときには大学生活に必要な情報のほとんどが大学のホームページを通して得られるようになっていたのである(http://www.usc.edu)。 学生はパソコンを所有している場合は大学に行く前に、自宅から電話回線(ppp接続)で大学のネットワークにアクセスする。所有していない場合に、学内に数カ所あるユーザールームに行き、大学のホームページを閲覧する。ホームページからは各学部情報、講義のシラバス、課題の提出、スポーツ、公開講座や映画・演劇などのイベントのチェック、フットボールの試合のチケット予約など、今までは大学に来て得ていたほとんどの情報収集活動と事務手続きがネットワークを介して処理できる。
 学生個人の成績、講座履修手続き、学位取得までのガイドラインやガイダンスなど個人に付随する情報(http://arr2.usc.edu/OASIS.htm/)は学籍番号とパスワードの認証によってネットワークで照会できるし、不明な点や疑問点は電子メールで問い合わせることも可能である。
 卒業生は校友課のホームページで住所変更や勤務先情報の変更、校友会報やあらゆる大学の広報を閲覧することもできるし、受験生なら受験手続きをネットワークで行うことができる。現在、米国のほとんどの大学において、受験手続きの半数以上はネットワークによって行われているのである。


3.My UCLA Web Project

 筆者が今回渡米した1996年以降、各大学ともホームページのコンテンツの充実に努力しており、わずか2年の間にその内容は驚くべき発展を示している。その最も象徴的な事例が南カリフォルニア大学(USC)とはライバル校であるカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)の例であろう。
 UCLAのCollege of Letters and Scienceは、1998年、「My UCLA Web Project」と称する教育・研究コンテンツの構築プロジェクトに着手した。College of Letters and Scienceでは、毎年約3,000の講義が開講されているが、1998年の秋学期からそのうちの約1,000講義のシラバスをWebに掲載し始めたのである。また学生一人一人のホームページが大学側によってイントラネット上に準備され、その運用が同時期に始まった。当時このニュースはメディアに大きく取り上げられ、大学関係者のみならず一般の人々からも強い関心を集めた。本稿読者の皆様もぜひ、http://my.ucla.eduのサンプルページ(Sample Student Page)をご覧いただきたい。
現在では学生のみならず、役職者、教員、大学院生、学部生、職員、夏期講習などの短期履修者を含め、UCLAに過去1年以内に1学期以上在籍あるいは勤務していた者すべての個人のホームページが準備されている。このページには学籍番号とパスワードの個人認証システムを通り、入っていくことになる。サンプルページとして用意されているのは、UCLAの公認キャラクターとなっている「熊のジョーズィー(Josie Bruin)」のホームページである。ここからは大学生として必要とする情報のすべて、大学生活に必要とされる情報のすべてを得ることができる。大学や学部や学科の情報、キャンパス、図書館、コンピュータラボ、時間割、学園だより、広報、大学スポーツ新聞、各種催し物、スポーツイベントの日程、チケットの予約などのいわゆるインターネット上の公開されている情報と、本人の電子メール、チャット、当該学生個人の学籍のあった各学期の履修科目、その成績、履修科目とリンクしたシラバス、教科書一覧と価格、履修科目の単位あたり平均化された成績(Grade Point Average)、奨学金、学部長表彰の可能性、授業料の納付状況、教員やカウンセラーとのアポイントメントなど学生個人の固有の情報がイントラネットを介して提供されている。このほか個人のアドレス帳、スケジュール帳も用意されており、さらにサーチのためのリンクが張られ、アパートの賃貸情報、自動車の売買に関するもの、映画のスケジュール、大学門前にあるWestwoodという街のレストラン案内などの情報までが、入手することができるのである。
 このように、米国の多くの大学は1995年頃から精力的に大学のホームページを充実させてきており、現在では主要大学のほとんどがそれぞれ特徴あるホームページを公開している。


4.教育研究コンテンツの構築

 アメリカの大学のホームページには、前述のように多様かつ多彩な情報が提供されているが、その中でももっとも大学らしい内容といえるのは教育と研究に関するコンテンツである。米国の主要大学は、教育・研究面における支援体制の一貫としてコンテンツを構築し、各校の独自性を示している。この教育研究コンテンツの内容こそが、アカデミーの担い手としての大学の存在意義を表すことになると考えている。
 各大学それぞれの方法、アレンジの仕方で構成してはいるが、"Researcher's Resources (http://www.usc.edu/academe/index.html)"や"University Libraries and Academic Information Resources(http://www-sul.stanford.edu)" という様々な名称のもと、「研究」ならびに「教育」に関する情報コンテンツが整備されている。その中には、図書館の蔵書カタログの検索システムはもちろんのこと、要旨まで入った雑誌論文目録、個別のリファレンス・サービス、エレクトリック・ジャーナル、研究費や研究助成に関する情報、内外の官公庁ならびに国際機関からの資料、統計データをはじめとする各種多様なデータベース(http://www.usc.edu/isd/doc/statistics/databases/)、その他各種電子情報(http://www.usc.edu/isd/elecresources/)といった研究・教育活動に必要な情報のほとんどが網羅されている(http://www.usc.edu/dept/source/)。
 ことに統計データに関しては、アメリカではデータの公開や提供の大学連合体ともいえるコンソーシアムが形成されており、それに加盟すると膨大な種類と量のデータが供給を受けられるようになっている。わが国においても本年9月に、「ICPSR(Inter-university Consortium for Political and Social Research)国内利用協議会」(http://www.iss.u-tokyo.ac.jp/pages/ssjda-r12/)が私立5大学、国立2大学によって結成され、これに加盟すればミシガン大学のデータ・アーカイブを加盟大学の研究者や学生が利用することができるようになった。このデータ・アーカイブは世界各国の研究機関や国際組織が収集、保存、提供する社会科学に関する1万件におよぶデータベースであり、米国の大学では経済学、政治学、社会学、人口学などの分野における学部と大学院の教育、ならびに研究においても不可欠な統計データである。南カリフォルニア大学の場合は、「Social Science Data Lab」とがこうしたデータベースの更新、管理、利用方法などを支援しており、専門の統計コンサルタントを配置している(http://www.usc.edu/isd/doc/statistics/databases/icpsr/)。
 インターネットは、時間と場所の壁を乗り越えた利用が可能である。教育研究コンテンツが整備される以前には、キャンパスのいろいろな所に点在する図書館や研究所をまわり、必要とされる情報の検索や入手にかなりの時間と労力を費やしていた。それが、研究室からも自宅からも、ネットワーク設備があれば教室からも、モバイルパソコンと携帯電話があれば場所を選ばず入手できる時代になったのである。コンテンツの整備が進めば進むほど、その充実がさらに求められることになる。利用者は、自分の大学のホームページにない情報は他大学や外国の大学のホームページを利用したり、サーチエンジンを用いて検索するといったことを当然のごとく行う。これまでは、それぞれの大学が固有に所有していた情報や一部の人達にのみ共有されていた情報が、インターネットを介して公開されることにより、大きな評価を得たり、社会全体の学術の進歩に大きく貢献したりするのである。


5.コンテンツ構築のための組織と主役

 充実した教育研究コンテンツを含むWebサイトを作成、管理、維持、そしてそのさらなる発展の中心となっているのが南カリフォルニア大学の場合は"The Information Services Division http://www.usc.edu/isd/about/about.ssi)"であり、UCLAの場合は"Intructional Enhencement Initiative(https://my.ucla.edu/faq/aboutIEI.htm)"である。大学という組織は学部や図書館など様々な組織の集合体であるが、それぞれの組織から提供される、あるいは発信される情報も多様になるために、それらの交通整理をする部署が必要となる。利用者にとっては、情報を得るのはパソコンのディスプレーに現れる大学のホームページである。そこにいかにコンテンツを整理し、利用しやすい形で提供していくのかといったことが重要である。また、どのような情報が必要とされるのか、その大学からはどのような固有の情報を発信できるのか、といったWebサイトの設計を考える組織が必要となるのである。
 こうした組織の中心となって活躍しているのが、大学図書館のレファレンス部門の司書達である。ネットワーク利用者の情報に対する多様な需要に答え、情報を供給していくのも図書館司書の重要な役割となりつつある。現在のような情報化された環境においては、大学が所有する学術情報の蓄積・発信の他、教育・研究に関連する情報の所在であるリンク先を地域や国内外を問わず収集し、独自に整理し利用しやすいように提供していく情報司書(Information Librarian)としての新しい能力が求められているのである。まさに書誌情報のみならず、デジタル情報のナビゲーターとして情報司書が大活躍しているのである。
 南カリフォルニア大学では、コンピュータやネットワーク利用のための各種講習会が開催されており、学生・教員・職員を問わず、学内のネットワーク利用資格をもつものは誰でも無料で受講することができるようになっている。各学期ごとに新しい講習会プログラムが用意され、その内容はコンピュータそのものに関するものから、いかに情報を検索するのかといったものへ、さらに情報発信の方法に重点が移行しているようである(http://www.usc.edu/isd/publications/adventures/)。WindowsやMacintosh やUNIXなどのオペレーティング・システムやppp接続の方法などの講習はコンピュータセンターのコンサルタントが行っていたが、ホームページ作成などのインターネット・パブリッシングや人文科学、社会科学などの研究分野ごとのインターネットを利用した情報検索については司書が中心となり講習会を企画し、実施している(http://www.usc.edu/isd/publications/adventures/introduction.html)。


6.Homeとしてのホームページ

 わが国の大学のホームページは、残念ながら大学案内のパンフレットを単純にデジタル化しただけの状態、またその情報の更新もほとんど行われていないものが多い。
 それと比較すると、アメリカの大学のものは学生や教職員のみならず、校友や入学希望者など大学に関連する人々に、さらにマスコミ関係などにまで必要とされる膨大な情報が盛り込まれ、日々更新されている。まさに、実際のキャンパスがパソコンのディスプレーに再現されているといえよう。パソコンとコンピュータ・ネットワークなくしてアメリカの大学生活や研究生活が成り立たない状況になってきている。今後ますます教育研究コンテンツは充実していくことであろうし、大学のホームページは、そこに生活する人々にとってまさにHOMEであり、一日の生活がホームページを開くことから始まるのである。


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