第６分科会 教職員・学生間のコミュニケーションを活性化するＩＣＴ活用戦略
運営委員 尾山 尚（中 央 大 学 ）
斉藤 和郎（札幌学院大学）
志田 紀子（東 海 大 学 ）
１．分科会のねらい
授業についていけない、自ら学びに入れない、誰にも相談できない、友達をつくれないなど、キャンパス内で孤立し、不安を抱える学生が増加してきている。その結果として、中途退学者が顕著になってきており、経営面でも深刻な問題となっている。
大学は入学した学生一人々に対する責任を持った人材育成を使命とすることから、学生とのコミュニケーションの機会を多面的かつ重層的に設け、親身になって不安を取り除く努力が求められてきている。
本分科会では、教育・学習支援、キャリア形成支援、学生生活支援に不可欠な学生・教職員相互のコミュニケーション機能を高めるために、ICT活用の可能性を確認し、取り組むべき課題及び実践的な戦略を探究する。
２．討議テーマ
例えば、次のような観点からコミュニケーションツールを活用した学習支援、キャリア形成支援、学生生活支援の戦略的モデルを構想する。
- ともだちづくり、メンタルケア、学習障害への支援
- 学生の不安や悩みの把握と解消
- 中途退学者を抑止するSNSやポータル
- オフィスアワーやピアサポート(学生相互の教え合いや学生による学び支援)の活性化
- 入学前や卒業後のコミュニティ形成
- 多様な映像情報を活用した学習支援や学生生活支援
- 大規模震災等、緊急時のコミュニケーションを保障する体制
３．獲得目標
- コミュニケーションツール活用の基本的な考え方、可能性とその限界について理解する。
- 学生支援体制を強化するための組織的な「教職員の役割・関わり方」を認識する。
- 実践的な学生支援モデルの要件を具体化することができる。
- 自大学における課題認識と課題解決の方策を検討するための視点を獲得する。
４．概要
（１）全体的な流れ
本分科会では、少人数でグループを編成し、学生・教職員相互のコミュニケーション機能を高める実践的なＩＣＴ活用戦略を探究した。
各グループとも、学部構成や規模など大学間の違いを越えて存在する「問題を抱えた学生」を支援するため、課題認識を共有し、あるべき姿を議論した。それは、「学びや人間関係構築に自発的に取り組み、大学生活を楽しむために良いスタートを切らせる」ことであり、「受け身の学生に主体性を持たせたい」というものであった。さらに、この戦略を実効あるものにするための人的・組織的課題を抽出し、解決の方向性を議論するとともに、システムの効果を点検・評価する方策を検討した。
�〇�前研修
研修会開始１か月前から、メーリングリストを通じて事前研修を行った。
まず、分科会のねらいに即して大学のあるべき姿（理想像）をイメージし、これを実現するアイディアや制約事項を「ニーズカード」に書き出した。あわせて、自大学が直面する課題や参加動機を「事前レポート」にまとめた。これらをメーリングリストに投稿し、お互いに共有することですべての参加者が研修会に主体的・積極的に取組む意欲を促すとともに、問題意識の明確化を図った。
１８名の参加者から７１枚の「ニーズカード」が提出された。いずれも、本分科会の討議テーマに合致するものであり、次の４つの観点に分類することができた。(1)学生の学びや成長を成功に導く、(2)学生が学習や生活上の困難を克服する、(3)高校生が大学での学びを認識する、(4)学生が職業観･就業観を獲得する。
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参加者を６名ずつ、３つのグループに分けた。討議の最初の段階では、理想像を徹底的に考え抜き、戦略の目的を明確化するプロセスに力を注いだ。そして、具体的な戦略モデルを構想する段階では、人的・組織的な観点から制約条件を認識し、これを解決する方略をあわせて検討した。
初日は、全体会を振り返りながら情報活用戦略に関する意見交換を行い、グループ討議を進めるにあたって参加者が共通に備えるべき視座・視点を確認した。続いて、分科会テーマにもとづき、各大学が抱える問題を共有しながらグループ討議の方向性を探った。
２日目は、事前研修で作成した７１枚の「ニーズカード」を参照し、あるいは別の観点から新規カードを追加し、これらを整理・分類・抽出しながら大学のあるべき姿（理想像、ビジョン）を描く作業を進めた。この作業を通じて、各グループは新たな価値創造のために協働する"戦略チーム"としての結束を高め、最終ゴールを"戦略プロジェクト・タイトル"としてまとめることができた。その後、各グループはビジョンの実現へ向けたアイディアや方略を検討し、対面と情報ネットワークを組み合わせた学生支援モデルを創出した。
最終日には、討議成果を発表するとともにグループ間で相互評価を行った。
��事後研修
事後研修として、最終日の相互評価を踏まえ、グループ討議の最終結論を"報告書掲載用"としてまとめ、１２月中旬までに提出することとした。あわせて、自身の研修成果を振り返り、今後これを実際の場面でどのように活かそうと考えているのか、いわゆる「アクションプラン」をメーリングリストに投稿し、参加者間で共有することとした。
（２）討議内容
�（�科会全体の討議内容
初日から３グループに分割して討議を進めた。したがって、分科会全体での討議の場（例えば、先進事例の研究など）はなかった。ただし、最終日には各グループの討議成果を相互評価する活動を行った。その目的は、(1)他グループからの評価を受けることによって客観的な視点から自グループの討議内容を見つめなおす、(2)他グループの評価を行う議論を通じて自グループの討議内容を省察することにあった。この相互評価によって事後研修を実質化することができた。
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以下に、各グループの"戦略プロジェクト・タイトル"を示す。あわせて、討議の経過と導き出された戦略構想の概要を示す。
＜第１グループ：グループ名「チームＫ」＞
きっかけを与え続ける取組 〜自ら考え行動する学生を育成するために〜
豊かな学生生活を送るための支援態勢とは？という課題設定の下で現状の問題を洗い出し、「目標を持たない学生」や「受け身の高校生から主体的な学び手に変容できない学生」、「希薄な人間関係」などの観点からこれを分析し、討議の方向性を探った。この丁寧な議論から導き出された大学の使命は「自ら考え、行動する学生の育成」であり、この使命を果たすために「学生が何かに気づく機会を与え続ける」ことを戦略の柱に据えた。そのねらいは「受け身の学生に主体性を持たせる」ことにあった。
具体的な施策の検討にあたっては、「人と人とのつながりを深める」という観点から大学を構成する人々の関係性を詳細に分析し、８項目のつながりを定義した。その上で「在学生同士のコミュニケーションを促して、協力し合える環境を作る」にポイントを絞り、ネットワーク上の仮想空間に実在のコミュニティ（部活、サークル、クラス）を再現するとともに、対面での対応を重視して先輩学生を各コミュニティの推進役に位置づけた。このようにリアルとバーチャルを組み合わせて学生同士のコミュニケーションを活性化するとともに、支援された新入生が将来的には支援する側に回る、いわば循環発展型の支援システムを構想した。あわせて、運用面での人的・組織的課題として、支援する学生へのインセンティブの提供や資質向上の施策、教職員の関与を挙げ、その解決策について検討を加えた。
＜第２グループ：グループ名「駅伝Ｂチーム」＞
主体的にコミュニティ形成が行えるＩＣＴの取り組み〜学生が"楽しい"と思える大学を目指して〜
「孤立する学生の増加」、「大学への期待感の希薄化」、「帰属意識の低下」という観点から学生の実態を分析し、メンバー間で課題認識を共有した。その上で、あるべき大学の理想像を定義した。それは、「学生が"楽しい"と思える大学」であり、(1)学生が夢や目的を持ち、自主的・主体的に取り組める、(2)"つながり"を持った学生生活、(3)大学に対する帰属意識を醸成する、(4)職業観、就業観を醸成する、という４つの特性を備えたものである。この理想像から目的関連図を作成し、「つながり・コミュニティ形成」にターゲットを絞り込んで施策を検討した。
具体的な施策として、入学予定者から卒業生まで利用できる学内ＳＮＳ（ソーシャル・ネットワーク・サービス）を導入し、学生の孤立化や悩みを解消することを目指した。例えば、入学予定者は入学予定者同士や在学生との交流、在学生は就職活動でＯＢやＯＧとの交流など、各シーンでの活用案が提案された。一方で、対面コミュニケーションの重要性に鑑み、ＩＣＴの役割をコミュニティ環境の提供にとどめ、教職員が組織的、継続的に関与する具体的方略について探求的な考察が行われた。
＜第３グループ：グループ名「チーム ハッスル・キャッスル」＞
入学直後の良いスタートを支援する〜つまづきを防止するために〜
「何事にも受け身の姿勢でいる学生の増加」と「人間関係の構築がうまくできない学生の増加」という２つの課題をメンバー間で共有し、特に入学直後の友達作りに失敗して孤立する学生に注目しながら課題解決の方向性を探った。その結果、「学びや人間関係構築に自発的に取り組み、大学生活を楽しむために良いスタート切らせる」ことを大学のあるべき姿（ビジョン）に位置づけた。
このビジョンを実現するための戦略モデルは入学前から入学後までの７つの局面で学生にいろいろなチャネルを提供するもので、それらが相互に連関しながら総合的な支援を展開する内容として構成された。そして、この取組の実効性を高める手段として、「新入生を支援するコミュニティーツール」と「学びのポートフォリオ管理システム」の２つを具体化した。前者は、学内にクローズしたＳＮＳであり、後者は学習履歴やサークル活動の記録と閲覧ができるシステムである。なお、これらの取組を運用するにあたっては教職員・先輩学生の対面支援体制が必要不可欠である、という観点から戦略モデルを高度化、精緻化するための道筋を示した。
５．まとめ
（１）研修のねらいに対する結論
参加者の「自己評価シート」に記述された振り返りやアクションプランには次のような記述があった。
・まずは理想像に立ち戻り、現状の施策やシステムを検証したい
・実現案よりも理想−目的−手段を考えるプロセスが重要である
これらの記述に代表されるように、参加者はＩＣＴ活用戦略を構想する際に求められる基本的かつ重要な視点を獲得したようである。
そして、４つの獲得目標に対する達成度の自己評価は以下のとおりであった。
・コミュニケーションツール活用の基本的な考え方、可能性とその限界について理解する。 ＜十分達成27.8% まあまあ66.7% どちらとも5.6% あまり0% 全く0%＞ ・学生支援体制を強化するための組織的な「教職員の役割・関わり方」を認識する。 ＜十分達成22.2% まあまあ61.1% どちらとも16.7% あまり0% 全く0%＞ ・実践的な学生支援モデルの要件を具体化することができる。 ＜十分達成 27.8% まあまあ61.1% どちらとも11.1% あまり0% 全く0%＞ ・自大学における課題認識と課題解決の方策を検討するための視点を獲得する。 ＜十分達成 27.8% まあまあ55.6% どちらとも16.7% あまり0% 全く0%＞ |
いずれの項目も「まあまあ達成した」を含めると８〜９割が「達成した」と回答しており、研修のねらいは概ね達成できたと考える。特に、「コミュニケーションツール活用の基本的な考え方、可能性とその限界について理解した」と回答した割合は高く（94.4％）、「実践的な学生支援モデルの要件を具体化することができた」と回答した割合も高かった（88.9％）。例えば、孤独感を抱く学生たちにとってのＳＮＳの有効性を教職員との信頼関係の構築や学生同士のつながりの強化という観点から考察したり、ＳＮＳと対面コミュニケーションの融合したモデルを探求したりするなど、参加者はグループ討議を通じてコミュニケーションツールの特性を理解し、それを課題解決の手段として適切に適用することの意義について基本的な認識を深めたようである。
一方で、「学生支援体制を強化するための組織的な『教職員の役割・関わり方』を認識した」や「自大学における課題認識と課題解決の方策を検討するための視点を獲得した」と回答した割合は若干低かった（どちらも83.3％）。例えば、人的・組織的な観点から解決すべき課題を認識すること、あるいは構想したモデルを自大学に適用する際のイメージを描くこと。これらについては、十分にねらいを達成できなかったようだ。その要因として、研修プログラムの設計に問題があったのではないかと考える。つまり、戦略モデルを導入する際に立ちはだかる現実の壁、例えば「人と組織の変革」に向き合わなければならない場面で、大学職員にはどのような能力・態度が求められるのか。こういった観点から分科会の獲得目標を定義していなかった、あるいは運営委員の働きかけが十分ではなかった、という反省である。今後の研修プログラム改善の方向性として、情報化戦略を現実の文脈でマネジメントすることをテーマに分科会を設計・運用することを検討したい。例えば、グループ討議で使用した「創造的技法」をさらに精緻化し、参加者が「創造的技法」そのものを身に付けることをねらいとするなど。つまり、「自大学における課題解決を促すためのプロジェクトマネジメント技法について理解し、これを実践で応用できる能力を獲得する」など、現実のシーンで活用できる研修成果とは何か、これを丁寧に定義しながら、真に実践に役立つ研修へと改善を図っていきたい。
（２）討議テーマに対する結論
以下に、各グループの討議経過と創出した戦略モデルを示しながら、討議テーマに対する結論をまとめる。
・ともだちづくり、メンタルケア、学習障害への支援
キャンパス内で孤立する学生に"ともだちづくり"のきっかけを与えるため、仮想的な空間と現実の触れ合いを融合した支援モデルを構想した。例えば、新入生歓迎ＳＮＳを用意して上級生がネットワーク上で交流を促す。一方で、上級生が常駐する相談窓口を学内に設置する。そして、これらの取組を往還的に展開しながら、仮想から現実の世界に徐々に移行していく。このようなアプローチである。あわせて、管理方法や費用対効果などについても検討を加え、運用面で解決すべき諸課題を洗い出すことができた。
・学生の不安や悩みの把握と解消
現状の問題を丁寧に分析するプロセスを通じて、私たちは学生が抱えている問題を十分に把握していないのではないか、という本質的な問題に気づいた。しかし、学生の不安や悩みを把握するための具体的方策、例えば実態調査や問題分析のアプローチなどについては十分に議論することはできなかった。
・中途退学者を抑止するSNSやポータル
中途退学を抑止するには学生を主体的な学び手に変容することや大学への帰属意識を醸成することが必要である、という仮説にもとづき中途退学抑止策を検討した。その要件として、学生に目標を持たせ、自己の内面を見つめ直す機会を与えることの重要性を規定し、その上でＳＮＳの具体的な機能を定義していった。例えば、デジタルネイティブと呼ばれる学生の感性を刺激する仕掛けを用いて大学への関与を深める方略などを具体化した。この検討を通じて、参加者は情報の３つの態様（Data-Information-Intelligence）を識別的に理解しながら、情報活用を考える上で必要な視点を獲得することができた。
・オフィスアワーやピアサポート（学生相互の教え合いや学生による学び支援）の活性化
学生がお互いに学び合い、支え合うというアプローチで戦略を検討した。例えば、情報ネットワーク上に協働の場を形成し、すべての学生に"居場所"と"出番"を与える。みなが人に役立つ喜びを感じながら成長していく。この「コミュニティ・ソリューション」の考え方にもとづく学生支援モデルを構想する中で、参加者は学生と共に魅力ある大学をつくることの重要性を認識した。
・入学前や卒業後のコミュニティ形成
入学前から卒業後までの長期的なスパンで包括的な支援策を検討した。例えば、高校生に大学の楽しさや魅力を伝えていくアプローチなどである。ＩＣＴは時空を超えたコミュニティ環境を構築でき、高校生や卒業生を関与させる上での有効性が認められる。しかし、一方でこの取組を実質化するには多様な課題を解決しなければならない。討議を通じて、参加者はこの基本認識を深めることができた。
（３）研修全体を通じた成果
学生の多様化が加速する時代である。ひとり一人の学生の学習観や学習意欲、将来観や就業観、メンタル特性は大きく異なっている。私たちはこの多様性に配慮し、彼ら彼女らの人間的成長をきめ細かく支援しなければならない。ときにはセクションを越え、ときには教職員と学生が協働しながら、組織としてダイナミックな展開が求められる。こういった学生支援モデルを設計し、その構築と運用をマネジメントすること。あるいは、学生支援に関与する教職員や学生の活動を促し、取組の全体をコーディネートすること。これからの大学職員はこのような高度な役割を担わなければならない。
本分科会では、いろいろな経験や知恵、視点や思考をもった参加者が集い、課題認識を共有しながら膝を交えた３日間の議論に集中した。参加者はこの新たな価値創造のプロセスを通じて、これからの時代に求められる大学職員とは何か、そのあるべき姿を体験的に学んだのではないかと考える。
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