人材育成のための授業紹介●社会情報学

立教大学社会情報教育研究センターが提供する社会調査と統計リテラシー教育

山口 和範(立教大学経営学部教授)

1.はじめに

 立教大学は2010年3月1日に社会情報教育研究センター(Center for Statistics and Information、以下、CSI)を設立しました。立教大学では、これまで様々な教育改革、ならびに、学習および教育環境の改善を行ってきました。詳しくは菊地(2009)[1]をご覧下さい。CSIは、立教大学における調査・統計・情報に関する教育と研究の双方を支えるセンターとして位置付けられています。立教大学は10の学部と14研究科を抱えていますが、その多くの学部研究科が、いわゆる人文・社会科学系を基礎とする学部研究科です。
 社会科学系の学生への統計教育は、その必要性への教える側の認識とは裏腹に、学生のモチベーションの低さという問題を抱えていました。2003年に社会調査士資格認定機構がスタートさせた社会調査士資格制度は、調査や統計に関する関心の低さを払拭するよい機会でした。立教大学社会学部ではすべての学科において科目整備を行うとともに、科目認定を受け、社会調査士資格制度の導入を行いました。当時著者が所属していた社会学部産業関係学科では社会調査や統計関連カリキュラムが既に整備されており、既存科目で対応できたため、特に科目の新設は行われませんでした。しかし、社会調査士資格の導入により、関連科目への履修登録者の急激な増加が見られました。特に、少人数での実習を想定していた社会調査実習に、履修希望者が殺到したため、クラス増で対応を行うほどでした。それまでに、学科での関連カリキュラムの充実は実現できていましたが、履修希望者の少なさという問題を抱えていました。学生の学習意欲の向上ということに必ずしも結び付いたとは言い難いかもしれませんが、社会調査士資格を導入したことにより、履修者増という結果が得られました。また、当時の社会調査士資格認定機構と、カリキュラム内容についてのやり取りを行うことで、開講科目のシラバスの標準化を実現できたことは、教育の質保証という観点での先取りともいえるのであったと考えます。
 立教大学において社会調査士の制度を導入する学部が増える中、2008年度末に立教大学で社会調査士資格取得を目指す学生へのサポートや受託研究等を行う社会調査センター設立構想が立ち上がり、全学的な調査・統計リテラシー教育の充実へ向けた動きが開始されました。2009年度に文部科学省の「教育研究高度化のための支援体制整備事業」としての支援も受け、社会調査のみならず、統計や情報を含めた教育研究サポートを行うセンターを設立しました。
 立教大学のような社会科学系の学部や大学院が多くを占める私立大学では、その入試形態のこともあり、その必要性とは裏腹に調査や統計関係への学習意欲が低い学生が少なからずいます。このような学生を全面的にバックアップし、効率的な教育と研究支援を行うことが現在の課題です。特に、各学生の関心領域に十分配慮しながら、全学的な教育体制の確立を目指しています。CSIでは、講義を中心とした教育に加え、卒業論文や学位論文作成に向けた調査実務のサポートを可能とする体制も目指しています。具体的には、海外の多くの大学が備えているCenter for Statistical Consultationのような機能を含み、全学の調査や統計に関する教育の責任を全うできる機関です。まだCSIは、その発展途上の段階ではありますが、本稿ではCSIが提供を開始したe-Learning科目内容と関連する教育の質保証への活動を紹介します。

2.e-Learning科目の提供

 CSIでは、今年度4科目のe-Learning科目を全学年全学部の学生を対象とした全学共通カリキュラム科目として展開しています。具体的な科目名と講義目的は、表1の通りです。2010年前期に開講されている「社会調査入門」、「データ分析入門」の履修者数は、それぞれ約180、140名となっています。「社会調査の技法」および「データの科学」は後期に開講される科目です。ちなみに、上限履修者数はすべての科目200名の設定です。

表1 社会情報教育研究センター提供科目

 なお、いずれの科目も社会調査協会より、社会調査士資格科目としての認定を受けています。表1の社会調査士資格科目分類は、社会調査協会指定の科目分類を示しています。また、2010年度に「多変量解析」科目の開発を行い、2011年度開講を目指しています。この科目については、社会調査士科目のE科目としての認定を申請予定です。
 社会調査や統計は、本来大変身近なものであるにもかかわらず、その理解が十分でなく、学生の学習へのモチベーションが必ずしも高くないことが指摘されてきました。これまでも山口(2007)[2]などをはじめとし、学生の学習モチベーションアップのために学生が関心を持ちやすい教材の導入を行ってきました。今回は、デジタル教材を全面的に活用できるe-Learning科目の特性を活かし、講義の初期段階を中心にし、社会調査や統計の活用事例として現場からのビデオを配信しています。図1の画面はプロ野球の事例についての紹介ですが、その他にも製薬メーカー、広告代理店、シンクタンクなど、全学の学生を対象とした科目であることを意識した事例選びを行っています。

 
図1 「データ分析入門」の画面例
図1 「データ分析入門」の画面例

 現在展開されている講義ですが、音声や画像を含む講義、練習問題、掲示板を活用した質疑で、構成されています。学生への学習支援としては、科目担当者に加え教育コーチを配置し、質問への回答や学習の指示を行っています(図2参照)。また、学期中に2回のスクーリングを設け、対面での学習支援を行うことになっています。成績評価については、定期試験期間中の筆記試験を実施します。この試験については、Webを通じた個人認証の現状での限界もあり、通常の講義と同じ印刷物による筆記試験を実施します。

図2 講義の構成(上)、掲示板での質疑(下)
 
図2 講義の構成(上)、掲示板での質疑(下)
図2 講義の構成(上)、掲示板での質疑(下)

3.教育の質保証をめざして

 近年の統計リテラシーの必要度の高まりや職業人としての統計家の需要の増大(例えば、昨年の8月5日のNew York Times紙の記事(Lohr, S. 2009)[3])に伴い、統計教育の方法やその内容についての改善の議論が行われてきました。これまでの成果については、アメリカ統計学会がまとめたGAISE(Guidelines for Assessment and Instruction in Statistics Education)レポートやUtts(2003)[4]などが大変参考になります。これまで、日本においても海外から統計教育に関する専門家を招待し関連の学会や研究会で議論を重ねてきました。
 私立大学情報教育協会でも既に、「統計学教育における情報教育(中間まとめ)」[5]が発表されており、その中でも実社会との関連の理解、客観的事実に基づく推論を正しく行うこと、その批判的評価能力の開発などが重要視されています。また、教育方法としても、従来の統計計算の方法や数理的バックグラウンドを正しく理解することからスタートするのではなく、統計の役割への理解の促進、実データを使用した事例の活用、統計的推論を行う際に必要となる概念の理解などを優先すべきという指摘がなされています。
 このような流れに合わせ、渡辺他(2000)[6]にあるようなICTを活用した教材開発も既に進行しています。現在は、新たな方法による教育の実践とその評価の時期であろうと考えています。立教大学におけるCSIを中心とした新たな調査・統計教育の展開は、これまでの成果をe-Learning科目として展開していることにとどまらず、通常の座学の学生との学習成果の比較や、展開教材の一般公開とその批判的評価を受け、その先にある改善を視野に入れています。
 2010年は国勢調査の実施年にもあたり、社会調査や統計の話題をマスコミ等で見聞きする機会が増える年だと思います。社会調査の環境の悪化が指摘される今日ですが、調査への理解やその意義を正しく認識できる若者を増やす意味でも、社会調査や統計に関する教育は重要だと思います。社会調査や統計はアカデミックな活動にとどまらず、国民の重要な財産であるという認識が高まるようCSIとしても積極的な働きかけをしていきたいと思っています。
 現在、CSIでは、統計教育フォーラムの開催を計画しています。多くの調査・統計に関する教育関係者が集い、情報交換および教育の質を高める議論を行っていきたいと考えていますので、学内にとどまらず、学外からの参加ご支援をいただければ幸いです。

参考文献および関連URL
[1] 菊地進: 立教大学における教育・学習支援に関する最近の活動と今後の課題. 大学教育と情報, Vol.18, No.4, 2009.pp.67-72, 2000.
[2] 山口和範: 情報技術教育の中でのリアリティのあるデータを活用した統計教育. 大学教育と情報, Vol.16, No.2, 2007.
[3] Lohr, S..:For Today’s Graduate, Just One Word: Statistics. 2009.
http://www.nytimes.com/2009/08/06/technology/06stats.html?_r=2>
(Accessed 2010 May 10.)
[4] Utts, J.: What Educated Citizens Should Know about Statistics and Probability. American Statistician, 57(2), pp.74-79, 2003.
[5] 分野別教育における情報教育の中間まとめ
http://www.juce.jp/computer-edu/
[6] 渡辺美智子, 櫻井直子, 山口和範, 井上達紀, 中川重和: 総合情報処理教育としての統計分析能力の育成法とインターネット上の支援教材開発について. 情報教育方法研究, 第3巻, pp. 67-72, 2000.

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