人材育成のための授業紹介:看護学

ICTを活用した看護系教養講座
〜「論理学」「コンピュータ概論」および
国家試験対策ソフトの開発と公開〜

松村 紀明(帝京平成大学ヒューマンケア学部看護学科助教)

小林 郁夫(帝京平成大学現代ライフ学部サイエンス学科講師)

長尾 邦彦(帝京平成大学地域医療学部理学療法学科教)

仲井 克己(帝京平成大学現代ライフ学部人間文化学科教授)

1.医療系学部へのシフト

 帝京平成大学は、1987年4月に情報学部情報工学科、情報システム学科、経営情報学科の1学部3学科体制で開設され、1995年4月に帝京平成大学へと名称変更しました。現在は薬学部、現代ライフ学部、ヒューマンケア学部、健康メディカル学部、地域医療学部の5学部体制になっています。キャンパスは、池袋・千葉・幕張に加えて、2013年4月より中野にも新設され、四つのキャンパスになります。中野キャンパスには、ヒューマンケア学部、薬学部、現代ライフ学部が移ります(1)
 本学は情報学部から発展を遂げたという事情もあり、開学当初から学内ネットワークの整備が図られ、全学をあげて情報リテラシーの育成に努めてきました。2013年の中野新キャンパス開設に伴い、総合大学としてのスケールメリットを活かした他学部他学科間の連携強化や、ネットワークを利用したe-Learningの充実なども重点的に進めています。
 本稿では、ICTを活用した授業の実践例として看護学科で開講されている「論理学」および「コンピュータ概論」の2講座を紹介し、併せて国家試験対策などを視野に入れたe-Learningの実践報告をさせていただきます。

2.看護教育に関する教育的意義および目的

 本学看護学科は、看護職の本質を、人々に寄り添い、健康のレベルに応じた適切な看護を提供し、その人の成長と自己実現を援助することに求めています。その上で超高齢化社会やグローバル化に相応しく、医療はもとより、保健や福祉の分野でも必要な知識や技術を系統的に修得し、さらに看護職としての倫理観や研究能力を養い、高度な判断力や実践能力を身に付けた保健師・助産師・看護師の育成を目指しています。

3.看護系カリキュラムにおける「論理学」および「コンピュータ概論」の位置づけ

 看護学科のアドミッションポリシーでは以下の項目に重点を置いています。

1)職業人として、科学的アプローチと接遇の方法を身に付ける。

2)人の生命に関わる職種として、科学的思考の過程を学びつつ、人との円滑なコミュニケーションが図れるよう様々なスキルを身につける。

 アドミッションポリシーに準じる形でカリキュラムに「人間と生活・社会の歴史」「科学的思考の基盤」などのカテゴリーが設けられ、「論理学」「コンピュータ概論」はそれぞれ前者と後者の配当科目として専門教育の基盤形成を担っています。

4.ICTを活用した授業の内容

(1)「論理学」

 看護学科1年を対象とした必修科目で、受講者数124名を2クラスに分割して、2名の教員(松村、仲井)で担当しています。コンピュータルームで授業を実施し、副教材や演習教材などの配布はネットワークを利用して行っています。講座としての「論理学」には、次の二つの教育目標があります。

1)論理的・科学的思考を学ぶ

2)看護の現場において、論理的かつ過不足なく説明し、相手に正しく理解してもらうために必要な能力を養う

 この授業では、論理は自己と他者によって共有される情報の上に成立すると考えます。つまり、論理的な正しさと併せて、相互理解を深めるために必要な表現論まで踏み込んで学ぶところに特徴があります。医療の現場において、専門家である医師と市井に生きる患者を媒介する看護師に必須の能力と言えます。高度に発達した現代科学社会において、科学コミュニケーターの役割が大きくなろうとしていますが、看護師はそのような能力も必要になりました。
 ICTを活用し社会の第一戦で活躍するためには、論理様式を学ぶだけではなく、様々なデバイスに合わせた表示様式の選択が課題になります。授業の流れとしては、演習教材をダウンロードし、「事実」「推定」などを区別した上で、パネルの上での表現法を学ぶという方法をとっています。文末に「思う」「だろう」などの言葉を使いたがる学生や、「事実」と「推定」を混在させた報告を書く学生など、教室ではいつも混乱気味の時間が過ぎていきます。現在の学生は正にデジタル・ネイティブ世代であり、メールやTwitterをコミュニケーションツールとして常用していますが、絵文字を使い140字程度で感想を述べることは上手であっても、論理の構築や追跡は極めて苦手のようです。看護系教養講座のはじめに「論理学」が置かれていることは、極めて大きな意義があります。

(2)「コンピュータ概論」

 看護学科2年対象の選択科目で、受講者数107名を2クラスに分割し、2名の教員(小林、仲井)で担当しています。教室は、コンピュータルームを使用し、教材の配布や情報の入手などはネットワークを介して実施しています。学生はノートPCあるいはスマートフォンなどを選択して授業に参加する方式をとっています。
 この授業は、私立大学情報教育協会「看護学教育における情報教育のガイドライン」[1]に示された三つの「到達度」を目標としています。特に重視しているのは【到達目標2】に関連して示された【到達度】「1必要な医療・看護の情報源を選択し、具体的な情報を検索・収集し、整理できる」「2個人情報保護、守秘義務の考え方に照らして正しい情報収集と整理ができたか判断できる」という点です。
 また、情報文化論の立場から、「検索」「SNS」「クラウド」などについて理解を深めることも授業のテーマとなっています。
 授業の実践例(仲井クラス)としては、看護系の授業であることを考慮に入れ、次のような課題を設定しました。

 これらの課題について、学生は友人たちと自由に情報を交換しながらレポートにまとめていきます。
 授業は人間的な信頼関係を基盤とするネットワークを重視する立場から、学生間の情報交換を積極的に進めるよう指導しています。

5.ICTを活用した自律的学習支援システムの構築

 文部科学省中央教育審議会大学分科会「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」(2012年3月)においても、自律的に学ぶ姿勢を重視する方向性が示されました。本システムも、学生が自ら学ぶことのできる教育環境の構築を目指して開発を進めています。

(1)Java/Rubyなどによる自律的学習支援ソフトの開発

 現在、様々な形で国家試験対策サイトの立ち上げが進んでいます[2]。しかし、教師と学生との架橋をICTが果たすのであれば、サイト滞在時間、チャレンジした回数、学生個々の得点上昇率の測定、質問や相談のためのラインの確保などが必要になります。
 小林の構想するJava/Rubyアプリによる教材の開発と公開は、学生が使用する主たるデバイスとしてスマートフォンを想定し、サイトへログインすることにより、上記のデータを教員が把握し指導できるよう設計されている点に特徴があります(2)
 2011年10月1日から2012年3月3日までこのシステムを実験的に開設し、利用した学生は79名。合計64,769回問題を解きました。主にチャレンジしたのは4年生で、18名のうち14名が合格し、模擬試験に基づく予想を大きく上回る結果でした。模擬テストの段階では、7名が危ういと判定されている不合格であった学生も、あと少しのところまで辿りついています。このことは、「日本の大学生は授業時間以外に勉強しない」という現実を克服するにあたって、教育支援ソフトの有効性を示すものとして注目されます。

(2)ICTを活用したDevelopmental Education

 本学は医療福祉系学部を中心に学年制を採用し評価基準の遵守を図っていることもあり、留年生の比率が比較的高くなる傾向があります(3)。授業についていけなくなる学生を分析すると、「継続して努力しゴールに到達した経験が少ない」、「医療系専門用語が多用される教科書が読めない」という傾向が認められます。教科書が読めないという点では、患者の視点から「亢進」(こうしん)、「誤嚥」(ごえん)、「重篤」(じゅうとく)などの難読語が問題になっていますが[3]、学生にとっても難解であることに変わりはありません。
 そこで、専門基礎用語1000語確認シートを作成しました。これは、10分10日分の作業として設定し、タイピング練習を兼ねて学習するよう工夫しました。現在、「看護」「理学療法」「臨床工学」「救急救命」「作業療法」などを対象とする確認シート公開の準備を進めています[4]

6.「(看護系)論理学」においてPCを使用したことに対する評価

 「論理学」(仲井クラス)において、学生による授業評価を実施しました。その結果、デジタル世代の指向性が明確に表れ、特に教材のデジタル配信を望む声は大きく、重いPCから軽いタブレットPCへの転換が進めば、その声はさらに大きくなると予想されます。

表 看護系「論理学」の授業におけるPC使用について
授業の評価項目
理解しやすいと思う 28% 34% 26% 11% 0%
コンピュータを使う意味があったと思う 23% 30% 33% 13% 0%
教材のデジタル配信を良いと思う 31% 36% 33% 0% 0%
(5段階、5側がYES)

7.組織的支援体制の整備

 ICT教育実現のためには、教育環境、組織運営、授業の構想などの面で、調和のとれた発展が必要となります。本学では、FD委員会に情報教育推進部会を設置しe-Learningを推進しています。また、総合情報技術センターは、中野キャンパスの新設に伴い、キャンパスをつなぐネットワーク管理運用体制の強化を図っています。

8.今後の課題

 ICTを活用した授業改革を推進するにあたって、ネットワークの整備、e-Text編集における著作権・版権などの処理、他学部他学科との連携などが課題になりますが、さらに法学、経済学、社会学、歴史学など既存のあらゆる講座がICTの影響を受けようとしていることに注目すべきです。
 カリキュラム改正に伴うナンバーリングの実施とも関連し、授業内容にまで踏み込んだICTの導入は今後の大学教育の大きな課題と言えます。

(1)帝京平成看護短期大学看護学科は地域医療学部看護学科(4年制)になります。すなわち、帝京平成大学は、ヒューマンケア学部看護学科(中野キャンパス)と地域医療学部看護学科(千葉キャンパス)の二つの看護学科体制へ発展します。

(2)この構想に基づく教育効果の検証については、現在データ収集・検証を行っています。平成22年度教育改革ICT戦略大会「携帯Javaアプリによる看護・理学療法・臨床工学を架橋する教材の開発と公開」、平成23年度同「個別指導機能をもったリメディアルサイトの構築」などで報告しました。学生がログインする際の名は教師のみが把握し、相互理解の元で学習が進む方式になっています。

(3) 看護学科学生に対する意識調査の結果では、「国家試験合格および第一線で活躍するための知識や技術の修得を目的とする単位の厳正化は当然」とする傾向が強くなっています(2012年7月16日、仲井による調査)。

参考文献および関連URL
[1] 公益社団法人 私立大学情報教育協会「看護学教育における情報教育のガイドライン」
http://www.juce.jp/computer-edu/#nurs
[2] 看護師国家試験対策:国試対策net
http://www.juce.jp/computer-edu/#nurshttp://kokushitaisaku.net/ns/g/
[3] 「病院の言葉」を分かりやすくする提案. 国立国語研究所「病院の言葉」委員会, 2008年.
[4] 仲井克己・長尾嘉子・松村紀明: 看護学系リメディアル・プロジェクト実践の効果. 私立大学情報教育協会 教育改革IT戦略大会, 2009.
http://www.juce.jp/archives/taikai_2009/e-11.pdf

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