第4章 情報操作

目次に戻る 第3章 第5章

1.情報操作とは
2.情報の独占・断絶
3.情報のねつ造
4.情報の改ざん
5.情報の破壊

 情報操作(information control)という言葉は、各方面でさまざまに使われているが、まだ、学術用語として確立したものではない。ここでは、情報処理の領域において、特定の意図のもとに情報を操作し、それを悪用しようとするときに起きる倫理問題としての意味に用いる。
 この情報倫理問題としての情報操作は、具体的に、情報の独占、断絶、ねつ造、改ざんや破壊などの問題がある。これらは、ある意図によって情報を発信したり、すでにある情報を作為的に操作することによって、特定の個人や集団が都合のよいように使うことであり、その結果、虚偽の情報を流したり、情報の流通を妨害したり、誤ったた情報を提供したり、時には法を犯すなどの問題が起きる。このような情報操作は、それを行う個人や団体が不当な利益を得たり、他者の人格権や財産権を侵害することになる。この問題は、基本的には、情報操作を行う個人の倫理や集団ないいま団体における職業(企業)倫理とそのあり方が問われる社会的倫理である。

1.情報操作とは

4章の初めに戻る

 情報の本質は、「知らせる」ということである。この情報は、「ことがら」が伝わることによって、存在の意味を持つものである。したがって、この情報の価値は、それを発信や受信する者の価値観に委ねられている。このような情報のあり方は、それを発信する者とそれを受信する者がどのように価値づけを行うか、ということにかかっている。情報に対する価値づけの問題は、基本的には、真実、正しいものや美なるものの価値観によるものであり、価値づけとしての情報操作は、本質的にはそれ自身問題をもつものではない。しかしながら、こうした価値の決定において、特定の個人や集団の利益を得るために、情報を作為的に操作することによって、他者の人格権や財産権を侵すような結果を招くことによって問題が起きる。
 この倫理問題としての情報操作は、主として、情報の発信者の問題である。情報発信者が、自分たちの都合の悪い情報を隠匿し、流通しないようにしたり、時には、それを消滅や破壊したりすることが起きる。また、既存の情報を都合のよいように虚偽の情報を流したり、すでにある情報を改ざんやねつ造するなど情報を操作することによって、自分たちの利益をもたらそうとする。
 このように情報操作とは、情報の発信者が、自分の都合のよいように情報を操作する行為を作為的に行う情報の操作をする」ことである。つまり、情報を特定の意図によって、結果的として他者の人格や財産に対して加害的な行為を行うことを言うものである。なお、情報操作のなかには、人為的誤りや自然災害およびコンピュータなどの機械的誤りなどによって起きる問題については、情報倫理の問題の外にあるので除外する。これらは、情報のセキュリティの問題である。したがって、ここでは、発信者の特定の意図に基づいた問題を扱うものである。
 情報操作には、その操作の仕方によって、次のように分けられる。

 などがある。これらは、情報の発信者の特定な意図のもとに、意思決定が行われる情報行動である。この情報行動において、情報の発信者の価値判断を下すときに起きる倫理的な判断−意思決定(ethical decision )のあり方が問われることになる。

2.情報の独占・断絶

4章の初めに戻る

 情報を特定の意図のもとに独占したり、断絶することや隠匿することは、情報を自由に接することができなくなるために、さまざまな障害が起きることになる。特に、情報の流通を遮断することは、必要な情報の円滑な流通を妨げるばかりでなく、社会における情報の利用を不可能にし、その結果、社会の発展を著しく阻害するものである。この情報の伝達における独占や断絶は、社会における「知的自由」の原則に反するものである。
 この情報の独占や断絶の問題は、それを行う個人や団体の利益にかかわる情報を独占的に利用することで、知的、財産的な利潤を独占するものである。また、不利益な情報に関しては、それを流通しないように隠匿したり、断絶することによって、個人や団体自身の利益を維持しようとするものである。なお、この問題のなかには、特定な個人や団体の人権や財産権を人道的な立場から保護するために、情報を断絶したり、一定期間流通を停止する場合がある。つまり、この問題は、情報の隠匿、断絶や破壊を行う意図の問題であり、そこにおける倫理のあり方にかかわるものである。

【事例】
 日本商事が自社の薬品「ソプジリン」による副作用で死亡事件が発生し、それを公表前に、自社の株を売って利益を得たというインサイダー事件が起きた。(『毎日新聞』 1994年5月20日)自社の薬品による薬害事故が公表されることによって、株価が下落するために、公表前に自社株を売って利益を得た問題である。これには、この事件を知った医師などもインサイダー取引を行ったということである。これらは、法律で禁止されているにもかかわらず利益を得るために、情報を悪用したものである。これは、情報の独占であり、それは企業倫理の問題として提起されるものである。

3.情報のねつ造

4章の初めに戻る

 情報のねつ造とは、情報の発信者が特定な意図をもって、虚偽の情報を作ったり、事実でないうわさ(未確認情報)を流したりすることによって、個人や団体の利益を得ようとする行為である。その結果、当事者の人権や有形無形な利益ないいま財産権を侵害することになる。なお、情報のねつ造に関して、発信者の発信時やコンピュータの入力時において誤情報が生ずる場合があり、情報のねつ造と同じような結果を招くことを生ずることがあるが、単なる誤りであって作為的でないので、ここでは扱わないことにする。
 このような情報のねつ造は、一つには、日常生活において嘘やうわさなどが行われている問題であり、昔から“嘘も方便”といわれ肯定する風潮があるが、それが善意であれ悪意であれ発信者の作為的であって、そこには情報発信者の倫理観が問題となる。これらは、個人が他者に対する善し悪しの判断を下すことであり、個人や集団の倫理観に基づくものである。
 ニつには、政治、経済、特に、企業やマスコミ界における情報の偽造やうわさのなかには、法に触れたり、他者の利益を侵すことによって、人格権や財産権を侵害するばかりでなく、社会的な影響を与える。これらは、企業倫理や報道の倫理の問題である。

【事例】偽造データで新薬の申請事件
 医療機関向けの製薬会社「日本ケミファ」は、鎮痛剤の新薬申請を臨床試験を行わずに偽のデータを使って、鎮痛、抗炎症剤「ノルベタン」を厚生省に申請して新薬製造の承認を受けていたという疑惑が起こった問題について、厚生省が事情調査を行った。(『朝日新聞』1982年11月20日)
 この偽造データによる新薬の申請の問題は、新薬として認可され生産されているために、すでに病院では鎮痛剤を使用しており、医療上に大きな問題を投げかけている。虚偽のデータを作り、あたかも臨床試験を行い、その効果があるように見せかけて、新薬を申請して認可を受けて製造した問題である。これらは、人命にかかわる医療上の問題であり、医の倫理にもとるばかりでななく、情報倫理の問題である。この事例にみられるように、偽のデータを作り、それがあたかも事実であるかのように情報を操作したものである。そこには、企業として、利潤をあげることを優先させることで、自社の利益を計ろうとする意図のもとに行われたものである。したがって、この問題は、製薬会社としてはしてはならないことであって、「薬事法」に違反する犯罪であり、職業倫理にももとるものである。

【事例】風説流布
 ソフトウエア開発会社の「テーエスデー」がエイズワクチンの事業化を計画、1992年夏に「タイで臨床試験を始めた」との未確認情報を公表し、店頭登録されていた同社の株価を吊り上げた事件が起こった。この事件は、「証券取引法」によって、投資家を保護するために「有価証券などの相場の変動を図る目的をもって、風説を流布してはならない」と規定している。この「風説流布」には、虚偽の情報だけではなく、未確認の噂も含まれている。このため情報の意図的な流通は、自社の転換社債償還を前にして、この情報を公表した結果、株価の急騰によって株式へ転換が進み、約十五億分の償還を免れたということである。この問題に関して、証券取引等監視委員会は、証券取引法違反の容疑で関係者から任意で資料の提出を求めるとともに、事情聴取を始めた模様である。
(『朝日新聞』1995年2月21日)
 このような「風説流布」の問題は、事実とするならば、虚偽の情報を意図的に流すことによって、利潤を上げようとする行為であり、情報操作による犯罪である。そこには、企業として利潤を上げるために、投資家を保護するための法を侵してまでも作為的な情報操作を行ったものである。これは、明らかに企業倫理や情報倫理にもとるものである。
 このように、情報のねつ造は、作為的に情報を作り発信する行為であり、個人や団体のために利益を求めようとする意図のするものである。したがって、情報の発信者の意図とその意思決定において善悪の倫理的判断がなされなければならない。

【事例】沖縄・西表島の撮影事件
 『朝日新聞』1989年4月20日夕刊に掲載された「サンゴ汚したK・Yってだれだ」という記事を掲載した。この新聞記事は、「沖縄・八重山群島西表島の西岬、崎山八溝のなかの長経8メートルという巨大なアザミサンゴを撮影に行った私たちの同僚は、この『K・Y』のイニシアルを見つけたとき、いまし顔色を失った。」と写真入りで報道をした。7年前、巨大サンゴ礁が発見され「自然環境保全地域」「海中特別地域」に指定された。たちまち有名になり島を訪れるダイバーたちは3千人になりこの人たちの仕業であると解説している。この環境汚染の記事について、地元のダイバー組合員から「サンゴに書かれた落書きは、取材によるものではないかと指摘され、調査の結果取材の行き過ぎであったと、1990年5月16日の同紙におわびの記事を掲載した。この事件は、自然破壊の現状を報道することを目的としたものである。この報道の意図のもとに、カメラマンが水中ストロボの柄でこすって白い石灰質を露出させ、撮影効果を上げようとしたものである。この事件は、環境汚染の真実を報道し、自然保護を訴えることの情報伝達の意図があったが、その効果を高めるために情報を捏造して報道したものである。この記事を報道したカメラマンや記者は、報道の効果を上げようとする意図によって、環境汚染の事実がないのを作為的に汚染の情況を設定した事件である。この事例では、職業倫理である新聞報道の倫理規定に違反するばかりでなく、情報倫理にもとるものである。
 この問題に対して、当事者は、「報道の行き過ぎ」としているが、報道の倫理に反するものである。本来、報道の使命は、真実を伝えることであり作為的に情報をねつ造することは許されないことである。このように、情報操作は、特定の意図のもとに情報を操作し、それを伝えることによって意図を実現しようとするものである。こうした事例は、情報操作による効果を高めるために、いわゆる「やらせ」といわれることも含めて、しばしば行われる問題でもある。

4.情報の改ざん

4章の初めに戻る

 情報の改ざんとは、既にあるデータや情報を特定の意図のもとに作為的に作り替えて、意図的にその情報を利用する行為である。したがって、このように既存のデータや情報を改変する情報改ざんは、虚偽やうわさのような情報を発信する情報のねつ造とは区別する。データや情報の改ざんは、既存の情報を意図的に改変する問題であり、一つには、既存の情報を作為的に改ざんして、その情報を有利に活用したり、盗用しようとする行為であり、その結果、知的財産権を侵害するものである。
 ニつには、情報ネットワークシステムにおけるデータを作為的に改ざんすることにより、誤った情報を与えることによって、他者に損害を与えたり、妨害したり、人権を侵害したするものである。
 三つには、コンピュータ、特に、巨大なデータベースのデータを作為的に操作することで、金品を詐取しようとする犯罪行為がある。

 このデータ改ざんの問題は、コンピュータ、特に、データベースを使った犯罪である。これらは、データーベースの情報処理担当者にかかわる犯罪行為であるということができる。これから情報ネットワークシステムが発達し、巨大化する傾向にある状況にあって、この問題は、情報システム管理における監督機能の確立をするばかりでなく、担当者の情報倫理の重要性が強調されることになると考えられる。/tr>
【事例】デ−タ改ざんによる年金詐取
 社会保険庁の元職員が、社会保険庁の管理するコンピュータから老齢厚生年金受給者の個人データを盗用し、これをもとに受給者の住所などを勝手に変更するなどをして、五人分計272万円を詐取したという事件である。(『日本経済新聞』1987年3月12日)

5.情報の破壊

4章の初めに戻る

 情報の破壊とは、「もの」としての情報−ハードウエア、ソフトウエア −を作為的な意図のもとによる外的な力によって、物理的に破壊する行為である。これらには、風水害、台風、火災、地震などの自然災害によるものと機密保持や使用しない理由で消滅させる情報の廃棄処分は、ここでは除外する。このように情報の破壊は、情報を消滅させることであり、作為的に破壊する行為である。

【事例】情報破壊
 1978年5月20日午前5時30分頃、日本の航空管制機能の中枢である埼玉県所沢市並木にある東京航空交通管制部で突然、対空通信、各空港管制塔との連絡や管制用レーダーなどあらゆる施設が機能ストップした。その結果、空港では、国内線や国際線の発着が不能となった。警察の調査によると、管制部に通ずる同軸ケーブルが過激派によって切断されていたことが判明した。(『朝日新聞』1978年5月20日)
 このような事件が示すように、過激派が意図的に同軸ケーブルを切断し、通信機能を作為的に破壊したものである。その結果、情報は、完全に破壊されることになった。
 社会の秩序を乱したことにおいては犯罪であり、社会的倫理に反する問題であるということができる。

 このように、情報倫理の問題としての情報操作は、それを行う個人や集団の倫理的判断の行為であり、適切な判断が要求される。この倫理的判断は、情報にかかわる問題ではあるが、個人として、また団体として基本的にもっていなければならない倫理である。

参考文献

  1. 前川良博 『情報処理と職業倫理』 日刊工業新聞社 1989年
  2. 毎日新聞社社会部 『情報デモクラシー』 毎日新聞社 1992年
  3. 三上俊治 『情報環境とニューメディア改訂版』 学文社 1993年

4章の初めに戻る 第3章 第5章